QuizKnock

アプリで記事をもっと見やすく

インストールする

カテゴリ

ログイン
B.LEAGUE
PR

QuizKnockの初期からのメンバーとして、記事の執筆や企画、作問など多くのコンテンツを生み出し続けてきた河村拓哉。今では書評や短編小説の執筆、更には小説家との対談など「文筆」に関わる多くの活動も行っています。

▲出題者としてもメンバーを驚かし続ける(『【1問正解でクリア】QuizKnockが解けない難問出してみた』より)

そんな河村はどのようにしてものを「書くこと」に触れるようになり、そして向き合っているのでしょうか。「自分は20年近く日本語が使えていなかった」と語るその真意とは……? というわけで、QuizKnockメンバー・河村の素顔に迫るインタビュー企画、中編となる今回は「河村拓哉と書くこと」をテーマにお送りします。

聞き手:志賀玲太
東京藝術大学卒のライター。河村拓哉は、自身がインカレ生として参加していた東京大学クイズ研究会での先輩にあたる。

【前編はこちら】河村拓哉が読書に触れるようになったきっかけは……?

目次

◎ 「書くことへのハードルはなかった」作り手・河村としての原体験
◎ 「入試の現代文が解けない」河村がぶち当たった壁
◎ 「すべては情報を出す順番」クイズへと繋がる創作原理
◎ 書けないことにどう向き合うか「できるはず、は実はできないこと」

「書くことへのハードルはなかった」作り手・河村としての原体験

――さて、河村さんといえば、読書についてだけでなく「書く人」としてのイメージもあります。そもそもQuizKnockはWebメディアとしてスタートしましたし、河村さんの活動も言ってみれば「書く」というところからスタートしたわけですよね。

河村 そうですね。YouTubeチャンネルはQuizKnockが始まってから半年くらいしてできたものなので、その前はWebメディアからのスタートでした。伊沢が初期に人間を集めるときに、たぶん文章を書ける人であることは考慮しているんですよね。

▲「その時には、他でクイズ本の編集とかやってたからね」

河村 じゃあそういった活動にどう繋がっていったかというと、結局ベースになるのはラノベになるんですよね。今だと「小説家になろう」ってあるじゃないですか。

――小説が投稿できるサイトですね。

河村 ああいう流れはもっと前からあったわけで、読む側と書く側に繋がりがあるというか、他のジャンルと比べてどちらにも行き来しやすいものだと感じていたんですね。読み手と書き手の分断が薄い気がするというか。

実際僕も、ラノベを読んでいたらラノベが書きたくなる、という時期がありました。それと書けるかどうかは置いておいて、「書けるかもしれねぇ」くらいのことは早いくらいから思ってましたね。インターネットをやることによって自分から発信していく、みたいな面はどうしてもありましたから。

――そうなんですね。もしかして、個人ブログとかも運営されていたりしました?

河村 ちょうどブログなどが持てはやされていた時期でもありましたし、一応やってはいましたね。当時の文章はとてもうまいとは言えないんですが、未熟であっても公開できるシステムではあったんですよね。

▲当時のネットの空気感の影響は大きいよう

――なるほど。

河村 僕より前の世代、インターネットがそこまで普及していなかった頃って、自分の書いたものを人に見てもらうとなったら、もう同人誌レベルまでやらなきゃいけなかったと思うんです。僕世代からは、ブログでポチポチしてエンターをパチン、それでもうゴーサインを出せるみたいな時代になっているんじゃないかって。

――そういう空気感はありますね。

河村 そういった「書くことのハードルがどんどん下がっていた時代」にラノベみたいなものをたくさん読んでいたから、そういう自分でも書くというという方向に進んだのかもしれないですね。

そういう意味では、自分にとっての読むこと・書くことは、インターネット的なものに重心が置かれている気もしますね。初期のQuizKnockの記事も、「オモコロ」などのインターネットの記事を色々読んだりしていたうえで、ああいうのを書くために最適化されていた感じがあります。いわゆる文芸的なものというより、あくまで読んで書くことが大事であって、媒体はあまり関係ないというか。

――「読む・書く」という行為自体が重要だったんですね。

河村 もうひとつ大事なことが、いろんな表現方法があるなかで読み書きの方向に行ったのか、というところですね。やっぱり「文字」であることは自分の中で強い意味を持っていて。文字って、すごく再現性が高いんですよ。

 例えば絵画だと、僕が『モナリザ』を模写したところで、下手なものが出来上がるんです。でも、僕が川端康成の『雪国』を写経すると、全く同じものが出来上がるんですよ。

▲河村にとっての「文字の再現性」

――絵画だと、どんなにうまく真似て描いても、全く同じものにはなり得ませんからね。

河村 そういったなかで、絵画は頑張っても描ける気がしないけど、「なんか文字なら自分でもいけるんじゃねぇか」という気持ちをずっと抱き続けていたというのがありました。

といっても、逆に実は難しいんだということがちゃんとわかるのは、結構後のことなんですが。

――思い描いていたようにはいかなかった、ということでしょうか。

河村 そう。文字を並べれば文章にはなるから、理論上できそうな気はするんですが、実際は訓練しないとできないことなんですよ。そのことに気づくのに、相当時間がかかりましたね。

次ページ:書くことの難しさを思い知ったのは「入試」でのこと!?

1
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

関連記事

この記事を書いた人

志賀玲太

志賀玲太です。東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。なんだかよくわからない記事を書きます。大概のことは好きです。

志賀玲太の記事一覧へ