宅配クライシスとは?
宅配クライシスとは、日本経済新聞の記事が最初に用いた用語です。宅配便の現場で働くドライバーたちが、限界を超えた厳しい労働環境にさらされ、サービス維持が出来なくなる瀬戸際まで追い詰められている現象を指します。
現在、宅配の現場では、多くのドライバー達が低賃金での長時間労働に苦しんでいます。それにも関わらず、宅配会社の収益は増加しておらず、ドライバー達の収入が増えているわけでもありません。つまり、仕事がどんどん大変になっていくのに儲けは増えていないのです。
このままだと、宅配業者もドライバー達も倒れてしまいます。この悲惨な現象は何故起こっているのでしょうか。
主な原因は3つあります。それは、 1.現場の人手不足 2.きめ細やかな再配達システム 3.ネット通販に伴う荷物の増加 です。では、それぞれを解説していきましょう。
原因1:現場の人手不足
近年の少子高齢化により、高齢者の割合が増える一方、働き盛りの若年層の人数は減少しています。
宅配業界も例外ではありません。特に、現場でドライバーや荷物振り分け担当として働く人手が不足しています。
人手が不足すれば、一人当たりの作業量が増え、長時間労働につながります。
原因2:きめ細やかな再配達システム
海外の宅配便においては受取手が不在だった時、玄関先に荷物を置いて帰ったり、門の中に荷物を入れて帰ったりする業者も珍しくありません。一方で、日本の宅配便は、きめ細やかな配達システムを特徴としています。
日本の宅配業者の多くは、受取手が不在だった場合、何度でも再配達を申し込めるようになっています。不在票からドライバーに電話をかけたり、ホームページから申し込んだり、最寄りのコンビニに預けてもらったりと、その方法も多様です。
しかも、再配達は無料です。再配達の分のドライバーの労力・宅配業者が費やしたトラックの燃料代などは、全て無償労働ということになります。
無料であるがゆえか、再配達になる荷物の割合は、全体の20%にも達します。つまり荷物が5個あれば1個は再配達になり、実質6つの荷物があるのと同じ計算になります(国土交通省の平成26年度統計による)。また、宅配トラックの走行距離のうち、4分の1は再配達のためのものであることも明らかにされています。
近年は再配達の負担を軽減すべく、集合住宅における宅配ボックスの整備が進んでいますが、まだ数が十分ではありません。
こうなると、ドライバーたちの負担は大変なものになります。当日中の再配達の申し込みには〆切時間が設けられており、18時~20時頃に設定されているのですが、あまりの再配達荷物の多さに、ドライバー達は毎日21時過ぎまでの業務が常態化しています。
ドライバーたちの日中も非常に忙しいものとなっています。まず朝一番に、多くのドライバーが宅配ボックス付き集合住宅へと我先に殺到するのです。限られた数のボックスにいち早く自分の荷物を入れ、再配達を防ぐためです。
また、担当する荷物の数が年々増え続けているのため、午前中の配達を終えるのがずれ込み、昼食休憩を取れずにそのまま午後の配達に移ることも珍しくないといいます。
原因3:ネット通販に伴う荷物の増加
以前にあげた2つの原因だけでは、おそらく宅配クライシスはここまで深刻にならなかったでしょう。この事態の最大の原因は、ネット通販に伴う荷物が急増していることです。
ライフスタイルの変化により、ネット通販で買い物をする機会は年々増えています。ネット通販の荷物は、通販会社が契約を結んだ宅配業者によって届けられます。
そのため、宅配便が扱う荷物の量は年々増加しています。総務省の統計によると、平成7年に年間13億個だった宅配便荷物は、平成27年には37億個に達しました。20年間で3倍弱に急増した計算となります。
人手不足・無料再配達で現場が忙しいところに、荷物数が増えるのですから大変です。しかしネット通販に伴う宅配業界の被害はそれだけではありません。
Amazonに代表されるネット通販は、大量の仕事を宅配業者にもたらしてくれる代わり、荷物一つ当たりの配送料を低く抑える契約形態を取っています。そのため宅配業者にとっては、普通の荷物に比べ、仕事量の割に利益が出ないことになります。
またネット通販は、きめ細かすぎる配達サービスを売りにしています。たとえば、配達日と時間の細かい指定、準備が出来た商品からの優先配達、当日中の急ぎ配達、一定量の買い物に伴う送料無料などです。
そうした配達サービスを実際に実行させられるのは、宅配会社です。これに、元から存在した無料の再配達サービスが加わることで、現場の労働量は言語に絶するものとなってしまうと同時に、労働力に正当な対価が支払われなくなるのです。
運送会社の対応
宅配クライシスの最大の原因は、ネット通販です。大量の荷物・配送料単価の安さ・細やかすぎるサービスにより、宅配業界が直面している問題をより激化させているのです。国内の大手宅配業者はどうなっているのでしょうか。
まず佐川急便は、2013年にネット通販最大手であるAmazonとの契約を打ち切りました。Amazon側に配送料の値上げ要求が突っぱねられたばかりか、逆にさらなる値下げを要求されたためです。佐川急便は下請会社に住宅地への配達を依頼しており、Amazon商品の薄利多売方式の輸送では利益が出にくかったという事情も、撤退を後押ししました。
一方、ヤマト運輸は正社員のドライバーの割合が多いため、Amazonの荷物を引き受け続けました。そこに、これまで佐川急便が引き受けていた荷物まで流入し、より負担が増しました。
こうして、ヤマト運輸の宅配現場は危機的状況となりました。今年に入ってから報道も相次ぎ、世間の周知度も上がっていきました。
現在ヤマト運輸は、実現すれば27年ぶりとなる、基本送料の値上げを検討しています。また、Amazon側とも配送料の値上げ交渉に臨むことにしています。
値上げはクライシスを終わらせるか?
しかし本当に、送料の値上げが、宅配クライシスの最終解決策になるのでしょうか?
ネット通販最大手のAmazonは、佐川急便との交渉を見ても、自らの利益を削ってまで、運送会社側に譲歩することはないでしょう。そうなると、運送会社の送料の値上げ分は、直接消費者の負担分に反映されます。
しかし、ネット通販が成長産業であり、ライフスタイルに占める重要度が高まっている以上、送料が多少値上げされた程度で、消費者がネット通販を利用しなくなるとは思えません。つまり、荷物の取り扱い量は変わらないでしょう。
そうなると、宅配会社の経営状況は多少改善されるでしょう。しかし、ドライバー達の賃金が上昇するかは分かりません。またおそらく、現場の破壊的な忙しさの改善にはつながりません。
現場の忙しさを解消するには、この記事で述べてきた、根本的な原因の解消が不可欠です。
例えば、「ネット通販会社の細やかすぎるサービス」については、Amazon側も無策ではありません。アメリカでは、既存の宅配会社に委託するのをやめ、Amazonが自社のサービスに適応した自前の宅配設備を設け始めています。
同じように「運送会社の無料の再配達サービス」については、再配達サービスの有償化、宅配ボックスの普及などを進めていく必要があるでしょう。
「労働人口の減少」「長時間労働を放置してしまうワークライフバランス観」の解決は、日本の産業構造・社会の行く末まで射程が広がる、宅配業界内にとどまらない取り組みが要求されるでしょう。
宅配クライシスが単なる値上げの機会として利用され、現場のドライバー達の低賃金・長時間労働が放置されることがあってはなりません。宅配現場の負担が真に軽減されたのか、値上げ後も注視したいものです。そうすることが、クライシスの背後にある、より大きな社会問題に目を向けることにもつながることでしょう。
まとめ
・いくつかの要因で、宅配業者の仕事が急増している ・現場では人手不足が起こり、値上げが検討されている ・値上げは直接的な解決にはつながらない。業者の労働環境が本当に改善されるか、注目である