この本は、200年前のイギリスにいたJ.S.ミルという思想家の自伝である。
皆さんは彼の名を聞いてどんなことを思うだろうか。「まったくの初耳」「高校の倫理の授業で名前を聞いた」「ベンサムという人と常にペアを組んで登場する」「自伝が有名」「自伝以外の著作も読んだことある」など、様々だろう。
しかし極論すればこの本は、一人のインテリおじさんが自らの一風変わった生い立ちを語るだけなので、そうした前提知識の違いは致命的ではない。しかも、このおじさんはとても文章が上手いので、比較的すらすらと読み通せること請け合いである。私は彼の文章力にはとてもかなわないが、私なりに全力を尽くし、かいつまんで彼の興味深い生涯を紹介したい。
ミルの「精神の危機」は特殊なものではなく、遅れてやってきた「反抗期」や「中二病」だとよく言われる。私も同様の感想である。本質的には、きっと誰もが体験するありふれたものだ。
しかし、ミルがたどってきた生い立ちは、あらゆる点において極端であった。研ぎ澄まされた最高の知性と知識、世界を革命し幸福で満たしたいとする遠大な理想、まったく涵養されなかった自らの感情面と身体面、強烈な父親、姿の見えない母親、抑鬱症状、人妻への依存……実に壮大で劇的な反抗期と中二病のストーリーである。時間をかけて溜め込んで、一気に爆発という趣がある。しかもミルはその優れた分析力と文章力をいかんなく発揮し、一連の流れを描写してみせた。ありふれた共感を呼びやすい題材が、鮮烈にデフォルメされ、しかも明瞭に記述されているからこそ、本書は多くの人に支持され読み継がれるのだろう。
私には心配になったことがある。ミルのように反抗期や中二病が極端で壮大すぎるものになった場合、問題発生の時期が通常より遅れるため、その後の人生を設計しなおし、問題解決するのが大変になるのではということである。
先ほど中二病という言葉が出てきたが、読んで字のごとく、そうした状態は中学2年生の14歳前後によく訪れるとされる。つまりティーンエイジャーのうちに訪れるということだろう。ティーンエイジャーはまだ若いし、社会活動に参画する準備段階にあることが多い。だから新たなアイデンティティを確立するにあたっての自由度が高く、それまでの人生や環境に捕われることが比較的少ない。
しかしミルが精神の危機に陥ったのは21歳であった。既に就職して4年がたち、安定した社会的地位を持っており、若くして一定の名声も得ていたことを考えると、現代社会で言えばさしずめ30歳ごろの立ち位置かもしれない。ティーンエイジャーほどの柔軟な生き方の変更は、不可能ではないが難易度が高くなっている。そのような状態のおじさんが中二病を迎えた場合、人生を軌道変更するのに激しく苦労したり、問題解決後も過去への後悔に苦しめられたりしないだろうか。
本書によれば実際のミルは、精神の危機の後は再び学究・文筆・社会改革運動に対しても高揚感を味わえるようになったし、精神の危機において学んだ感性をはぐくむことの大切さと、功利主義の思想とを折衷するようになった。それが事実ならば幸いだし実に喜ばしいことだと思う。しかし疑り深い私は、ミルが本書の筆致ほどあっさりと危機を解決し満足できたのか、ミルは一生を精神の危機の解決に費やしたとも解釈できるのではないかと、心配になってしまうのである。
もちろん本書の内容は以上に尽きるものではなく、割愛した部分も多い。ちなみに私自身は、紹介しきれなかった中では国会議員時代のエピソードが好きである。拾い読みでも十分面白いので、皆さん是非手にとってみてほしい。