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こんにちは、藤島です。

私は現在大学で生物を専攻しているのですが、歴史も大好きです。学部選択の際に、生物を取るか歴史を取るかで迷ったくらいに好きです。QuizKnockでも歴史の記事をたくさん書いてきました。

そういうわけで、私は普段から歴史の本をよく読みます。特に中国史が好きです。私が中国史の本を読み始めて思ったこと、それが

「武帝」っていう皇帝、多くね?

でした。

▲武帝です!

▲武帝です!

▲武帝です!

▲つまりこういうこと

中国史で「武帝」と呼ばれる人物は、実に10人以上いるようです。調べた限りでは、紀元前から紀元後10世紀まで、実に1000年以上にわたって「武帝」という皇帝が登場します

こんなに「武帝」が多いのは、一体なぜなのでしょう? 紛らわしくない??

そもそも、皇帝の呼び方はどのように決められたのでしょうか?

武帝=「徳の高い皇帝」の称号

皇帝には本名のほか、亡くなった後につけられる「諡号しごう」と「廟号びょうごう」という呼び名があります。現代では、皇帝は本名ではなく諡号や廟号で呼ばれることが多いようです。

▲諡号と廟号の違い

「武」という文字は、生前の徳が高かった皇帝の諡号によく用いられました。歴史が長い中国には名君が何人も現れ、「武帝」と呼ばれる皇帝がたくさん生まれたのです。

前漢の最盛期を築いたぞ
よっ! 武帝!
分裂していた中国を100年ぶりに統一したぞ
武帝さまの時代はよかったなぁ……

また「武帝」のほか、「文帝」や「明帝」といった諡号も複数の皇帝につけられています。

皇帝の呼び方は時代で変わる

古い時代には「廟」は原則として代々受け継ぐものであったため、皇帝個人の呼び名としては諡号が使われるのが一般的でした。しかし、次第にすべての皇帝が固有の廟と廟号を持つようになり、唐の時代(618年〜)からは廟号で呼ぶのが一般的になりました。

これには、「諡号が長くなっていったから」という理由もあるようです。

▲諡号より廟号の方が便利

しかし、廟号も歴史上たくさん重複してしまいました。例えば、唐と宋(960年〜)の第2代皇帝はいずれも「太宗」と呼ばれます。

そのため、明の時代(1368年〜)からは在位時の元号を用いて皇帝を呼ぶのが一般的になったようです(例:元号が「永楽」のときの皇帝は「永楽帝」)。

ライターのイチ押し武帝

さて、歴史上あまた現れた「武帝」。最後に私のイチ押しの武帝を紹介したいと思います。その人物は……

「武帝」よりも曹操そうそうと呼ばれることの方が多いと思います。三国志ファンなら知っている方も多いのではないでしょうか。

曹操は生前に皇帝になったわけではないのですが、彼の死後に息子が魏王朝の皇帝として即位すると、「武帝」という諡号がつけられました。

▲「最後の浮世絵師」こと月岡芳年が描いた曹操。勇ましい

戦乱の時代の覇者のひとりである一方、政治の面でも様々な制度を確立した曹操。詩を作るのも上手で、曹操の下では中国文学が「建安文学」と呼ばれる黄金時代を迎えました。個人的には、多才さにかけてはこれ以上の「武帝」はいないと思っています。


最後まで読んでいただきありがとうございました! 個性豊かな「武帝」たち、そして中国史に、少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。

これからも歴史の話を皆さんにお届けしたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。

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この記事を書いた人

藤島

東京大学2年生で、生物学科に内定しています。好きなことは歴史、生き物。趣味は読書と釣りです。新しい分野を知る第一歩になれるような記事を書けるように頑張ります。

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