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石をはさんでひっくり返し、より数の多い方が勝利する――シンプルながら奥深いボードゲーム「オセロ」。みなさんも一度は遊んだことがあるのではないでしょうか。現在の競技人口は約6億人といわれており、近年はAIを用いた打ち筋の研究も盛んな分野です。

▲64マスの大宇宙

今回は、大学生ながらオセロAI「Egaroucid」を開発し、わずか半年で「世界一オセロが強いAI」を作り上げた大学生・山名琢翔たくとさんにインタビューを敢行しました。「ものづくり」を一生の趣味と言い切る山名さんのこれまでの歩みと、彼が見据える未来に迫ります。

山名琢翔さん
2001年、神奈川県生まれ。初めて本格的に制作したゲームAI「Egaroucid」が、半年で「世界一」の称号を掴む。
2023年度、情報処理学会が優秀な論文に贈る「山下記念研究賞」を受賞。
インタビュアー:中川朝子
医学部生のQuizKnockライター。山名さんとはクリエイターを支援する「クマ財団」の同期生。囲碁4段だがオセロは強くない。

目次

「世界一のオセロAI」が生まれるまで

「ものづくり」の原体験は「1冊の絵本」

「世界一の大学生」が見据える未来

世界一のオセロAI「Egaroucid」

――まずは「オセロAI世界一」おめでとうございます。早速、世界一のオセロAI「Egaroucid」について伺っていきたいのですが……読み方は「エガロウシッド」で合っていますか?

山名さん はい、合ってます! 読み方がわからないとよく言われるので、最近公式ページに発音記号を振りました。

▲「記号が正しいかどうかは知りません(笑)」

――耳慣れない名前ですが、由来を教えていただけますか?

山名さん 「discourage」(落胆させる)のアナグラムですね。オセロの石を「ひっくり返す」という意味も込めて、逆から読ませて少し調整しました。

開発を始めた頃(2021年)、だんだんオセロAIが強くなって、ある日私をボコボコにしてきて。作ったのが自分なのに、とても悲しくなったんです。そこで「discourage」という単語が思い浮かんで、逆から読んだら「意外とかっこいいじゃん!」と。

▲「Egaroucid」の操作画面

――ウィットが素晴らしいですね。具体的に「世界一」になった瞬間は覚えていますか?

山名さん 2021年の11月ですね。AIを自動で100回くらい戦わせてレートを競うんですが、4位になったときに「あ、これいけるな」と思って。そこから数日後、深夜3時ぐらいに1位になりました。特別な感慨というより「よっしゃ!」という気持ちが大きかったです。

▲「Nyanyan」こと山名さんが世界一になった瞬間

山名さん 当時はあくまで私が登録していた常設コンテストでの「世界一」だったのですが、その後さらに改良を続け、今ではコンテスト以外を含めても世界最強レベルに強いだろうと思います。

オセロAIとの出会いは「偶然Twitterで見て」

――ところで、「何のためにオセロAIを作ろうと思ったのか」根本の理由があれば教えてほしいです。

山名さん 本当に偶然ですね。Twitter(現:X)を眺めていたら、フォローしている人が「石をはさんでひっくり返す」といったような、簡易的なオセロのルールのプログラムを組んでいて、面白そうだなと思ったのが究極のきっかけです。

そうして自分でも作ってみたら1時間半でできてしまったので、もう少し複雑な、何か手を打ってくれるようなAIを作ってみようかなと思ったんです。

山名さん あとは、オセロAIを作り始める前、ゲームAI開発で高名な方と雑談する機会があって、AIの根幹を30分ほど教えていただけたのもきっかけでした。

――偶然と言いつつ、伏線は張られていたと。

山名さん はい。さらに言えば、小学生時代に将棋AIの本(『人間に勝つコンピュータ将棋の作り方』)を読んでいたことがあって、それも伏線だったかもしれないですね。初めて参加した研究発表会(2022年7月)でこの本の編著者にお会いすることができて、とても嬉しかった覚えがあります。

▲山名さんと「AI」の出会いになった本

――ものづくりのきっかけになった先生とお会いするという、熱い展開になったわけですね。……それなら将棋AIを極める道もあったように思うのですが、あえてオセロでいこうと思ったきっかけはあるのでしょうか?

山名さん ライバルが少なかったことですかね。他人と比べすぎずに済むので、私の性格的にはありがたいです。

山名さん ライバルが少ないのには、オセロAIが25年くらい前の時点で人間の実力を大幅に超えてしまったという背景もあるんです。これは将棋や囲碁のAIより圧倒的に早いんですが、エンジニアは一度人間に勝ってしまうと、AIをそれ以上育てるモチベーションが低下してしまいがちで。

――なるほど。初めに研究が進みすぎたせいで、かえって研究の余地が残されているということですね。

「番狂わせが起こりやすい」オセロの魅力

――山名さんはプレイヤーとしてもオセロをされていると思うんですが、オセロという競技の「ここが面白いな」と思うポイントを教えてもらえますか。

山名さん 普通のオセロの盤面は「8×8」になっていますが、あれが本当に素晴らしい塩梅なんですよ。最初4マス埋まってるから、どの対局も必ず60手以内で終わるんです。人間同士で打つ場合、自分が打つのは大体30手。集中力がいい具合にもちます。

▲「64マス」に意味がある

――オセロは私たちにとって馴染み深いボードゲームでありつつ、まだまだ謎も残されていそうな感覚があります。

山名さん それでいうと、最近「弱解決」が話題になりましたね。最初に知ったときは「嘘でしょ?」と思ったくらい画期的な発見で、若干悔しかったんですけど。

弱解決:オセロなどのゲームにおいて、お互い最善手を打ち続けた場合の勝敗が解明されること。2023年10月に「Othello is Solved」という論文が発表され、「最終局面は引き分けになる」という結論が話題を呼んだ。

山名さん 弱解決の結論が「引き分け」とされたように、8×8のオセロは先手と後手のバランスがものすごくいいんです。実は、4×4や6×6の盤面だと、先手がどう頑張っても後手に勝てない場合があるんですよね。8×8の形で広く普及したのが、いろんな意味で面白いと思いました。

――やはり奥が深いですね! 久しぶりにオセロをやってみたいなと思いました。

山名さん ぜひ! ビギナーズラックではないですが、オセロは他のゲームより強い人に勝てる可能性が高いんです。盤面の変化が激しいので、先を読みきれず悪い手を打ってしまうこともしばしばあります。ゲーム性にもユニークな魅力がありますよ。

「強いだけのAI」は要らない?

――そんなオセロ好きの山名さんでも、「Egaroucid」を完成させるには苦労が多かったのではありませんか?

山名さん 苦労ですか……。いや、「辛かった」的な話はほとんどなかったですね。好きだったので、狂ったようにやっていました。

強いて言うのであれば「探索アルゴリズムの書き起こし」という作業が大変でした。参考にできる既存のプログラムが少なかったので、そこはひたすら悩んで、どうしても疲れた時は別の工作をしていました。

探索アルゴリズム:複数のデータの中から特定のデータを探し出すアルゴリズムのこと。最も基本的なアルゴリズムのひとつ。

▲オセロAIの息抜きに、50年前のパソコン並みの性能のコンピュータで作った「レトロオセロAI」。果たしてこれが「息抜き」なのか

――「世界一」を極めてしまわれたわけですが、次の目標はありますか?

山名さん 「強解決」を達成できたら、神の領域だと思いますね。

強解決:互いが最善手をとった場合を考察する「弱解決」に対して、ありとあらゆる着手のパターンにおける勝敗が明らかになること。

山名さん けど、個人的には強解決とは別のこと、たとえば人間らしいミスをするAIを作ってみたいですね。ただ強いだけのAIって、あまり人間の役に立たないのではないかと思っているんです。

――どういうことでしょう?

山名さん 人間らしいミスって、大きな意味があると思うんですよ。さっきお話した通り、オセロには「実は悪手だけど、人間相手なら気づかずにハマってくれるだろう」という手があって。AI的には悪い手でも、人間にとっては対処が見えづらくて、まるで好手のように働くことがあるんです。人間らしいAIが作れれば、そういう手を研究するのに役立つ気がします。

――AIというと、常に正確無比な手を打つようなイメージですが……いわゆる「ヒューマンエラー」を再現することができるようになれば、AIはまた別のステージに到達するかもしれませんね。

山名さん そんなわけで、今はオセロAIが人間と上手く関わっていく方法の構築に興味があるという段階ですね。人間にとって必要なAIとは何なのかについてよく考えています。

次ページ:原体験は「飛び出す絵本」? 山名さんの「ものづくり」遍歴

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この記事を書いた人

中川朝子

医学部6年生の中川朝子です。普段は小説を書いたり、美術館を巡ったりしています。中日ドラゴンズの大ファン。文理の架け橋となるような面白い記事を書きたいと思っています。よろしくお願いします!

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