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  1. あらすじと時代背景
  2. 物語の展開で注目の2ポイント

あらすじと時代背景

作中でも歴史の解説はありますが、せっかくですから、史実の知識を確認しつつ紹介します。

主人公の棚倉慎(たなくら・まこと)は外交官。1938年10月に、ワルシャワの在ポーランド日本大使館に赴任します。

ここまで読み進めていただいている方はおおよそ大丈夫でしょうが、「ポーランドってどこ?」と思った方のために、地図を用意しました。作曲家のショパンや、化学者のキュリー夫人がうまれた国です。ショパンの『革命のエチュード』は、この小説のテーマ的な役割でたびたび登場します。

ポーランドは中世には大国でしたが、ドイツ・オーストリア・ロシアといった列強が周りで成長すると、それらの国の間でポーランド領土の取り合いが幾度となく勃発し、その度にポーランド人たちは悲劇に見舞われてきました。

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主人公の慎は、子どもの頃に遭遇したとある出来事から、ポーランドに憧れを抱いています。また、後ろで詳しく書きますが、ポーランドの人々も日本人に対して大きな信頼を寄せていて、このことが慎にとって大きな意味を持つようになります。

慎がワルシャワに向かう直前の1938年9月に「ミュンヘン会談」が行われ、イギリス・フランスは、チェコスロバキアの「ズデーデン地方」をドイツに割譲することを承認しました。これは、イギリス・フランスにとっては、ドイツの不満を膨らませないための妥協でした。

しかし、ドイツがズデーデン地方だけで満足することはなく、チェコスロバキアの全域と、ポーランドの北にあるリトアニアを相次いで併合し、ポーランドは完全に囲まれてしまいます。

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ポーランド侵攻 / Via .ja.wikipedia.org

まず序盤のこの時点では、慎をはじめとする日本の外交筋は戦争の回避に向けてドイツやソ連、ポーランド外務省との交渉に奔走します。しかし、彼らの努力も空しく、1939年9月、ついにドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が幕を明けます。

以降は、横暴で残虐な振る舞いをするドイツ軍から、ワルシャワの市民らをいかに助け出すかが焦点となります。といっても、大戦に際して日本とドイツは軍事同盟を結ぶので、ドイツの敵であるポーランドは日本にとっても敵となってしまいます。

「日本人とポーランド人が互いに交わしていた信頼はどうなるのか」「慎は日本とポーランドとの関係をどう取り持っていくのか」を大きなテーマに、外交官の奮闘や、慎を信頼するワルシャワの人々の運命を克明に描き出しています。

物語の展開で注目の2ポイント

あらすじとは別に、物語の展開で大事になってくる要素を2つほど紹介します。いずれも、この作品に深みや大きなスケールを与えている、欠かせない事柄です。

その1:登場人物のもつバックグラウンド

慎は、日本とポーランドが敵対する中で活動する、という困難に見舞われるのですが、国をめぐる物語の展開はここまでの単純なところに留まりません。

主人公の慎は、父がロシア人・母が日本人のハーフで、スラブの雰囲気が濃く出た顔立ちとして描かれています。そのせいで、日本にいた頃には外国人に対するような偏見を繰り返し受けていました。

ポーランドに来た慎がはじめに知り合う男ヤン・フリードマンは、父がユダヤ系ドイツ人、母がポーランド人。生まれた土地も途中でドイツ領からポーランド領へと変わった、という少し複雑な出自を持ちます。

ドイツ領にいた頃はポーランド人と言われ、ポーランド領になってからはドイツ人と言われました。そしてナチスから見ればユダヤ人。どこの国の人間かわかりませんし、そもそもそれがそんなに重要なことだろうかと思ってしまいます。

ヤンの言葉は、「国籍とは、民族とは何なのか」という根本的な問いをも生んでいます。

さらに、キーパーソンの1人であるアメリカ人記者のレイモンド・パーカーも、一見アメリカ人でしかありませんが、重大な秘密を抱えています(「秘密がある」ということ自体が、実はネタバレに近いのですが)。

彼らは共通して、「自分は何者なのか」という問いを自身の心の内でずっと繰り返してきて、戦争が始まるにあたり、どの立場をとるべきなのか葛藤します。自分が従う陣営によって、自分の扱われ方や周りの人々との関係には天と地ほどの差が生まれます。「3人はそれぞれどの国とともに戦うのか」という点には、日本で生まれ、日本人の両親のもとで育った私も、鋭いものを突きつけられたような感覚を味わわされました。

その2:何事も信頼から始まる「外交の精神」

この作品に登場するポーランドの人々は、日本に対してかなりの尊敬の眼差しを向けていますが、それにはちゃんと史実に即した理由があります。こちらの記事(外部サイト)にもわかりやすく書かれていますが、少しだけ紹介しましょう。

かつてロシアに征服されていた時期が長く続き、ポーランド人は独立を志し、蜂起を繰り返しては鎮圧されていました。その際にロシア軍は、ポーランド人の捕虜を極寒のシベリアへ連行します。

しかし、1919年にロシアで共産主義革命が起こると、そのポーランド人捕虜の子孫である子どもたちは、親と引き離されたり死別して孤児となります。諸外国をリードしてこの子どもたちを救ったのが日本で、彼らは東京を経由して、第一次大戦後に独立を果たしたポーランドの地を踏むことができたのでした。

この出来事以来、ポーランドは遠く離れた極東の日本に、大切な仲間としての信頼を寄せるようになります。

外交の基本は、信頼である。国と国といえども人と人であり、人間関係の信頼によって成り立つのと同じだ。だから我々は、常に信頼に足る人物でなければならない。

これは作中の慎の上官の言葉ですが、まさに日本はポーランドの信頼を勝ち得たことで、欧州の情報へのルートをも得ました。慎もまた、ポーランドの人々からの信頼・期待に応えるべく行動します。同盟国ドイツの目をかいくぐり、ポーランドとの信頼関係を絶やさないよう奮闘する真っ直ぐな姿勢は、作中でポーランド人らが憧れる「武士道」にも通じ、日本人の読者の心を打つこと請け負いです。


お値段が張るハードカバーの本にはなかなか手が出ないかと思いますが、期待を上回るスケールと臨場感で物語が展開していきます。私はこれを読んでワルシャワに行ってみたくなりました。まずはドイツ語を勉強しなきゃ……。

今回の直木賞の、(失礼ながら)「ダークホース」的な一作であり、受賞はあり得ると思います。気になった方はぜひ、書店などで手に取ってみてください。スマホ・PCで立ち読みできるサイトを紹介したいところですが、電子書籍化はまだのようです。

 

では、芥川賞・直木賞の概要なども含め、少し復習してみましょう。

直木賞・芥川賞の選考は年2回ありますが、どちらも試験の時期に重なっているので、「全ての候補作を読み込んでガチ予想」とはいかないところが残念です……。いつかは試してみたいですね。

ともあれ、受賞作の発表が楽しみです。

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この記事を書いた人

Kosuke Hattori

東大経済学部を卒業しました。各記事が学びと発見への新たな入口になればと思います。よろしくお願いいたします。

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