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小学生で考えさせられる「邪馬台国の場所」

――となると、本当に「小6のときの先生」が歴史に興味を持つきっかけそのものだったのかもね。どんな先生だったのか、もっと聞かせてください。

▲「うわぁ懐かしいな」

こうちゃん まずその先生の何が印象的って、授業の進度がめちゃくちゃ遅いことなのよ。「今日はこの縄文土器と弥生土器のレプリカ持ってきたから見せます〜」とかして。なんで持ってんねんって。

あとはゴールデンウィークの宿題だったかな。「卑弥呼のいた邪馬台国の場所を研究してきてください」って課題が出て。それで先生から渡された資料が『魏志倭人伝』よ。

『魏志倭人伝』:中国の歴史書『三国志』のなかの『魏志』、そのうちの東夷伝で倭人について書かれた条の通称。2〜3世紀の当時の日本を知るための重要な資料として位置付けられている。


――小学生に渡す資料じゃないよ。

こうちゃん それで『魏志倭人伝』を見て「どこが間違っているのか」を考察して「あなただったら邪馬台国はどこにあったと思いますか」って言うわけ

※『魏志倭人伝』に書かれているとおりに邪馬台国の位置を特定しようとすると海の上になってしまうといわれる。

邪馬台国の場所:邪馬台国は3世紀頃にあったとされる日本の地方国家。位置していた場所には諸説あり、「近畿説」と「九州説」が最も有力であるとされているが、未だ決着には至っていない。


こうちゃん
 自分は確かそのとき2パターンぐらいちゃんと考えてみたんだよね。先生が言うには、当時は今と「長さ」の単位が違ったんじゃないかという話もあってね。

――長さが違った?

こうちゃん そう、「1里」の長さが違ったんじゃないかって。他にも記述されている場所が本当にその通りの場所だったのか、それとも実は吉野ケ里遺跡と推定するかみたいな話だとか、「邪馬台国」で「ヤマ」だから「耶馬渓」(大分県の地名)が怪しいんじゃないかとか、先生はたくさんの説の話をしてくれて。それで、そこら辺の話を頼りに自分なりに書いていって――

――待って、それ小学生がやるの?

こうちゃん そうそう、小6で(笑)

▲自論を展開するこうちゃん

――単に覚えるだけとかじゃなくて、歴史学みたいなところからスタートしたんだ。

こうちゃん それを課題としてやったのを今でも覚えてる。普通の公立小学校だったんだけどね。でも、やっぱりあの先生はすごかった。他にも色んなところで寄り道して。

――だってまだ縄文時代だもんね。

こうちゃん そもそも小学校の歴史の本編で全く扱わない硫黄島の話をすることもあったね。そのときは硫黄島を題材にした映画をまず2時間観せられて。

――それも小学生には重いね。

こうちゃん あとはノルマントン号事件の話のときは、教科書には載ってなかったんだけどそれに関連して「エルトゥールル号事件」の話をしてくれて。資料も配ってくれて、日本とトルコの友好がどうのこうのみたいな話とかをしてくれた。そういう寄り道がすごく楽しかったね。

ノルマントン号事件:1886年10月24日、和歌山県潮岬付近でイギリス商船が遭難し、日本人乗客全員が死亡した事件。これをきっかけに、不平等条約改正に向けて世論が動いていくこととなった。

 

エルトゥールル号事件:1890年9月16日、和歌山県串本町沖でオスマン帝国の軍艦が遭難し、500名を超える死者が発生した事件。多くの死者は出たものの、地元住民が積極的に救助活動に当たったことから日本とオスマン帝国、後のトルコとの友好関係に繋がった出来事ともされる。


――私なんて小学校のときに受けた授業のことそんなに覚えてないのに、ここまで詳細に思い出せるのは、よっぽど印象深かったんだね。

こうちゃん それで思い出したのが、僕が20才になったときに「成人式の会」みたいな形で自分が声をかけて、その先生と、そのときの他の生徒とで集まったのよ。で、当時はすごい生意気言ってたはずのみんなが「先生の授業面白かったよ」って言っててさ。

――めっちゃいい話。勉強が嫌いになっちゃうか好きになるかって、先生の存在って大きいよね。

こうちゃん やっぱりね、先生が楽しそうにやってたのが一番大きかったよ。先生がずっと歴史の時間はにこにこしてたから。

次ページ:「20周は読んだ」こうちゃんのルーティンとなった歴史の本とは?

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この記事を書いた人

志賀玲太

志賀玲太です。東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。なんだかよくわからない記事を書きます。大概のことは好きです。

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