連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
自分はいつ文系を選んだのだろう。29歳にもなると、そんなことさえ思い出せなくなってくる。
算数は苦手だったが、理科は好きだった。少なくとも小学校の頃は。五感をくすぐる理科実験室という空間そのものが好奇心の対象だった。ケージを駆け回るハムスター、鼻をつく薬品の匂い、見たことのない器具たち。特別な体験をしているという感覚が理科への興味につながっていた。
▲記憶とともによみがえるあの匂い
いつしか実験室を使う機会は減り、自席で覚える数多の記号が私の興味を奪っていった。ちょっと我慢して、覚えるべきことを覚えればよかったのだろうが、それより面白いことが周りに多すぎたのだ。
この世界は科学に支えられており、我々の安住は科学なしにはありえない。ゆえに、世の中への解像度を上げるためにあの頃やることをやっておけばよかった……と今になって後悔している。
中途半端にやったからこそ、より強くそう思うのだ。台風を見たらコリオリの力を、テーブルクロスを見たら慣性の法則が想起される……くらいのことは自分にもある。このレパートリーが多かったら、世の中はもっと楽しく見えるのだろう。
だから、負け惜しみであろうが私はつい言ってしまう。
花火を見たら「……炎色反応だな」と。
鉄板ネタではある。何度もこすられているだろう。でも、花火というキラキラしたイベントへの斜に構えたスタンスと相まって、この一言が口を突いてい出るのだ。
ゆえに、Da-iCE『スターマイン』の大ヒットは、それを肯定してくれたものだと私は解釈している。あくまで個人的意見だゾ。
SNSを席巻した『スターマイン』
未曾有の炎色反応で
彩るのは過去じゃなく未来だけDa-iCE『スターマイン』(作詞:工藤大輝)
Shorts動画で耳にしてからしばらく、この曲が『スターマイン』というタイトルであることも、なんなら歌詞が花火を歌ったものであることにすら気づいていなかった。
動画サイトを意識して作られたという短くキャッチーなサビは、歌われる数字が徐々に増えていく「数え唄」の構造をしている。その後、AメロやBメロで次々と花火を連想させる単語が登場し、情景を想起させる流れだ。「スターマイン」や「玉屋」「鍵屋」……さながら花火用語辞典である。
▲「スターマイン」とは複数の玉を連続、または一斉に打ち上げる花火やその方法のこと
そして、その極めつけが「炎色反応」。やっぱりこの一言が飛び出てしまうのだ。とはいえ、楽曲の歌詞に登場することは大変珍しいだろう。なにより、その使われ方に気になる点がある。
いやいや、炎色反応が未曾有なことなんてあるかい?
「未曾有の炎色反応」とは何なのか?
未曾有(みぞう)とは、これまで一度たりとも起こってなかったようなこと。「珍しい」の強化版だ。
炎色反応は、金属を炎の中に入れると、それぞれの金属特有の色が生じる現象である。「花火の色は炎色反応により生じる」というのが、よくある説明だ。
花火は、これを利用してその鮮やかな色を放つ。使う金属を変えることによって様々なカラーバリエーションを出しているのだ。
▲炎色反応の例
「救急車のサイレンの音、通り過ぎるとどう変わる?身近な科学クイズ」より
高校までに習う「リアカー無きK村」という一連の語呂合わせは、燃やしたときの色をヒントに金属元素を同定する問題で使われる。いろんな元素の名前と対応する色を、とにかく覚えるしかないので覚えたものだ。
学校のカリキュラムで習うことやキャッチーな覚え方もあって、炎色反応自体はかなりメジャーな科学現象だと言えよう。となると、さすがに「未曾有」と言えるほど驚きの炎色反応を見つけることは難しいのではないだろうか。
それでもなお、未来を「彩る」ような未曾有の炎色反応が成立しうるとしたら、果たしてどのような状況なのだろう。もしかしたら、ここに科学史を揺るがす発見があるかもしれない。釘付けになるド派手な発見を追い求め、いくつか可能性を探ってみよう。