伊沢が考える「未曾有の炎色反応」の可能性
(1)新しい元素で新しい炎色反応が見つかった
現在、元素周期表に登録されている既知の元素は118種類。119番目以降の元素は未発見だが、自然界に存在せず、人工的にしか作れないとされている。また、すべてが放射性元素であると考えられており、時間とともに壊れていく性質を持つ。
たとえば、原子番号118の「オガネソン」の半減期(放射性崩壊でもとの量の半分になるまでにかかる時間)は0.89ミリ秒で、あっという間に崩壊してしまうのだ。
▲日本初の新元素「ニホニウム」の半減期は1.4ミリ秒 via 文部科学省ホームページ
そんな壊れやすい原子を燃やして、その色を確認する……ということは難しいと考えられる。
ゆえに、たとえ未曾有の元素が見つかったとしても、そこから未曾有の炎色反応が見られることはまた別の話だ。確認すること自体が困難なのである。
まあそもそも、未曾有の元素を見つけただけでとても凄いので、わざわざ燃やすまでもないのだが……。
(2)可視光線ではないから「未曾有」
簡単には見つからない未曾有の発見。となると、「見える」ということ自体についても目を向けるべきであろう。
なぜなら、我々には見えていないけど、たしかに存在している光がたくさんあるからだ。
炎色反応とはそもそも、原子のもつ電子のエネルギーが光となって出されることで起こるものだ。学校で習う「リアカー無き……」はあくまでその中の「色が見える」可視光線のみを取り扱っているに過ぎない。
そう、燃やされる金属の中には、赤外線を出すものも、紫外線を出すものもあるのだ。
▲光という意味では可視光は一部だけ
「道路標識、赤ばかり色あせするのはなぜ?警視庁に対応を聞いてみた」より
炎色反応を覚えない金属の中にも、たしかに光を放っている元素は存在する。それが我々に見えてないだけなのである。
となると、だ。ここにチャンスがある。
赤外線を出すような元素の場合は、暗視スコープを使うことで「未曾有の炎色反応」を目にすることができるのではないか。
この曲の舞台は夏。しかも、おそらくは出会いの場である。暗視スコープを装着するのは確かに「類を見ないような手順」だ。これでモテようというのはかなりのミリタリーマニアだが、この曲は終始「人と違うことをやる」ことを打ち出しているので、まあそれはそれでありなのかもしれない。
▲見えないものを見ようとして……
暗視スコープでダンシング。夜の盛り場も、格好の戦場に変わる。見通しが良くなり、炎色反応もより幅広く見えるだろう。いいことずくめである。
しかし、暗視スコープがドレスコード上ギリOKだとして、問題はやっぱり「未曾有」である。
可視光線ではない光を、果たして我々は「見ていない」のだろうか。そこに存在していることは科学的に証明されているし、光は発されてはいる。認識していないだけだ。果たしてそれを「未曾有」と呼んでいいのだろうか。
もっといい未曾有があるはずである。一旦ここは武装解除だ。
(3)なにかのたとえである
「炎色反応」という言葉が、そのまま科学的な現象を表していない可能性も考えねばならない。これはあくまで詩だからだ。
考慮するべきは、炎色反応そのものの持つ構造と、歌詞の状況であろう。
炎色反応は「熱した時に、色が発生する」こと、と単純化して良いだろう。そして状況だが、どうやら夏の夜に「モテようとしている」「何かを起こそうとしている」……といったところか。
モテるための変化、しかもそれが色と熱にまつわるもの。なかなかに状況は限られているが……
ひとつ。ひとつだけ、モテる「炎色反応」を私は発見した。
そう、それは日焼けである。
熱によって肌の色が焦げ、たくましい肉体のカットが増して見えるようになる。筋肉の輪郭が浮き出て、魅力は増すばかりだ。夏の日差しが起こしたこの科学的変化を、炎色反応にたとえずしてどうしよう。
日本の夏、マッチョの夏。きっと主人公は、夏場に見合うボディーメイクを成し遂げたのだろう。
……ふと、ローカーボな頭で考える。「彩る」とはいいつつ、マッチョの黒々とした肌は、彩度が低い。彩ることにはまるで向いていないカラーなのだ。ボディービルダーならブーメランパンツは地味色が多いし、フィジーカーだったとしても海パンでしか彩りを出すことはできない。これでは未来も浮かばれないだろう。
この案もまたオールアウトだ。得意の筋肉ネタでもダメなのか。考えるための筋肉は、すでに使い果たしてしまったように思えてきた。
編集部注:ボディービルではブーメランパンツのようなパンツを履くのに対し、上半身の筋肉が重視される「フィジーク(メンズフィジーク)」ではサーフパンツを履いて競技が行われる。
「炎色反応」に立ち返る
さすがにもう、現代において「未曾有」は無理なのか……。でも、諦めてはいけない。発想を転換するのだ。
「現代」という縛りは、必要ないのかもしれない。時制を過去に移してみれば、その時点での「未曾有」は見つかるはずだ。なにも、歌というのは現在を歌うばかりではない。
そう考えると、まさにぴったりの例が存在する。
1860年、ドイツの科学者ブンゼンとキルヒホッフは、炎色反応と分光器を用いて新元素セシウムを発見した。そしてこの方法は、ルビジウムやタリウムといった新元素発見にも応用されている。見たことのない色の光を検出することで、そこに新元素が存在することを突き止めたのだ。
▲ブンゼン(左)とキルヒホッフ(右)
つまり、「未曾有の炎色反応」は、未来の化学を彩るために使われていたのである。
わっしょいわっしょいより、今の学び。今こそが未来につながるのだという思いでド派手に研究成果をブチ上げる……という心意気が、この曲には歌われていたのである。
となると、目指すは「二発目のおかわり」だ。ちなみに、ノーベル賞を二度受賞したことがあるのは、過去に5人だけ。三度受賞は一度もないので「三度目の正直なんて無い」のも事実である。
スターマインとは、速射連発花火のこと。たくさんの研究成果を世に解き放つ意思そのものだ。マッチョでモテようなんて邪なことは考えていなかったのである。
ああ改めて、怠惰だった学生時代の自分に喝。自分が目指せるのは、イグノーベル戯言賞くらいのものだ。例年通りであれば授賞式は今月。受賞を告げる電話を取り逃さないようにしよう。
「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は伊沢に余程のことがない限り毎週木曜日に公開します。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。
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