どうも、シャカ夫です。
世は空前のホラーブーム!
映画に書籍にインターネット、様々なメディアがこぞって怖い話を取り上げ、結果として我々が摂取する「幽霊」の量も急増しています。
そうやって毎年様々な怪談で「幽霊」に出会う私ですが、話に幽霊が出てくるたびに頭に浮かぶ疑問があるのです。
それが……
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「女性の幽霊」と聞いて、皆さんはまずどのような姿を思い浮かべるでしょうか?
きっと、長い髪をふり乱し、白い服に身を包んだ恨めしそうな女性をイメージするはずです。怪談に出てくる女幽霊もだいたいこんな感じ。
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でも、亡くなった人間が化けて出てきたものが幽霊だとするなら、爽やかな服装に身を包んだショートヘアの幽霊がいたっていいと思いませんか!?
どうして幽霊のイメージが現在のような「長髪」で固定されてしまったのか。気になった私はこちらの「専門家」に話をうかがうことにしました。
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早稲田大学大学院博士後期課程の田部井さんは、幽霊の歴史について研究なさっている正真正銘の「幽霊研究家」。ショートヘアの幽霊がいない理由だけにとどまらず、日頃から抱いている幽霊に関する疑問をことごとく解消してくださるに違いありません!
早稲田大学大学院文学研究科に所属。主に幽霊の成り立ちや歴史について研究されており、講演やイベント「怪談研究会」の主催など多方面で活躍中。
サソリとホラーが大好きなライター。素朴な疑問を解消するために専門家に声をかけるこだわりの強い性格。
※ホラーに目がないため当初の疑問以外にも色々と伺っていますがご容赦ください。
※今回の取材で田部井さんが述べてくださった回答は、幽霊の歴史や文化の変化をある面から分析して導き出された一見解であることをあらかじめご了承ください。
目次
幽霊の髪の長さには意味がある
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――この度は取材に快く応じてくださりありがとうございます。もうズバリ伺いたいのですが、「ショートヘアの女性の幽霊」が怖い話にほとんど出てこないのは、どうしてなんでしょうか?
田部井さん 実に興味深い質問ですね。たしかにショートヘアの幽霊についての話は私もあまり聞いたことがありません。ただ、私はショートヘアの幽霊がいないことよりも、髪の長い幽霊しかいないということにこの謎を解き明かすヒントがあると思っています。
――と、いいますと?
田部井さん 参考になる例ですと、『三年目』という落語の演目が挙げられます。
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田部井さん 『三年目』では、愛する妻との死別を憂う男が病床の妻に「お前が病で死んだ後、もし私が新しい妻を迎えるようなことがあれば、幽霊になって出てきてくれ」とお願いするんです。ほどなく妻は亡くなり、そのあと夫はというと結局別の女性と結婚してしまいます。男は先妻へのお願いも覚えていましたので、「今にも先妻が化けて出てくるぞ」と思いながら生活します。
――男もけっこう無茶なお願いしてますけどね。
田部井さん ですが、先妻は一向に出てこない。そのまま1年経ち、2年経ち……3年目にやっと幽霊として出てくるんです。
――あまりに遅いですね。
田部井さん そこで、化けて出てくるのに3年もかかった理由をたずねられた先妻が「髪を伸ばすのに3年かかってしまったの」と言って話がオチるんです。
――これは、どういう意味なんですか……?
田部井さん 昔はお葬式の際、故人が仏様の弟子として迎えられるようにご遺体の髪を剃る仏教的な風習があったんです。でも夫に会うのに髪がないのは恥ずかしいからと、幽霊になったあとも3年かけて髪を伸ばしていた、というオチです。
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――なるほど、現代の人には理解しづらいオチですね。
田部井さん このお話で重要なのは、きちんと弔ってもらえた人は、髪が剃られているということです。
田部井さん 逆に言うと、長い髪の幽霊として出てくるということは、ちゃんと弔ってもらえなかったということなんです。あるいは、髪が伸びるほどの長い間、未練を残していたということを示しているとも考えられますね。
――髪が長いこと自体が、幽霊の無念の象徴になっているわけですね。
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田部井さん 鈴木牧之の『北越雪譜』にも、自分が成仏できるように髪を切ってくれと頼みこむ幽霊の話が出てきます。「髪が長い=幽霊」というイメージは、江戸時代あたりからはっきりとあったようですね。
『北越雪譜』:鈴木牧之が著した越後の地誌。雪国の文化や自然などが詳しく記録されており、民俗学の資料としての価値も高い。
田部井さん また、髪の毛には霊的な力が宿るという言い伝えの影響もあると思います。呪いの人形の髪が伸びるなどの話も、そういったイメージからきてると考えられます。
――なぜ髪の毛なんでしょう?
田部井さん 諸説ありますが、やはり「伸びる」「数が多い」というのが強い生命力をイメージさせるんでしょう。また、長い黒髪はたくさんのヘビを連想させるというのも理由としてありそうです。時に禍々しく見えるんでしょうね。
――たしかに、ギリシャ神話のメデューサも、髪の毛がヘビになっていましたね。
田部井さん 道成寺の安珍清姫伝説など、女性が蛇へと変化する物語は古今東西たくさんありますが、これらにも長い髪=蛇、長い髪=強い霊力というイメージが少なからず影響していると思われます。
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短髪の幽霊、増加の展望は?
――しかし、今では江戸時代のような慣習は薄れてきていますよね。なのに、いまだに長髪幽霊がメジャーなのはどうしてなのでしょう?
田部井さん おそらく、有名な幽霊たちに長髪が多いのが原因でしょう。『リング』の貞子や、『呪怨』の伽椰子など、定番の幽霊はだいたい長髪です。
――たしかに! 長髪の幽霊が国民的な支持を得てしまっているのですね。
田部井さん 長髪はホラー演出にも最適ですからね。表情を絶妙に隠すことができますし……。
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――なるほど。では、もしショートヘアの幽霊が登場する映画なんかが一世を風靡したら、世間の幽霊イメージも変化して、短髪幽霊がたくさん出てくるようになるんですかね?
田部井さん それはありえますね! 怖い話に対する人々のイメージが塗り替えられるという事例は意外とたくさんあるんですよ。
――と、いいますと?
田部井さん 「ぬりかべ」という妖怪をご存じですか?
――はい、あのコンニャクみたいなやつですよね?
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田部井さん そうです。でもあの妖怪、もともとはあんな姿じゃなかったんですよ。
――えっ、そうなんですか!?