東京大学で物理学を専攻し、2021年春に博士号を取得した須貝駿貴。QuizKnockではゲームやアニメで描かれる現象を物理的に考察する記事や、YouTubeの「QuizKnockと学ぼう」チャンネルでは「物理大好き軍団」の長として溢れんばかりの物理愛を語っています。
このインタビュー企画では、須貝さんが超伝導などの物性物理を研究しようと思ったワケや、物理という学問に心を打たれたエピソードなどを聞いてきました。
後編となる今回は、物理に身を捧げてきた須貝さんが「最も美しい」と思う物理法則や、実際に研究してきた「超伝導」について、また「教科書を疑うこと」から始まったという研究のモチベーションについて聞いていきます。
目次
◎ 須貝さんが考える「最も美しい物理法則」とは?
◎ 「超伝導の研究」ってどんなことを調べていたの?
◎ 須貝さんが語る「研究をする意義」とは?
「とんでもない式だよこれ」須貝さんがうなる「物理法則」とは
――ここまで、須貝さんが物性物理を専攻するまでについて聞いてきましたが、今回は須貝さんが最も美しいと思う物理法則について教えてください。
須貝 やっぱり「マクスウェル方程式」には全部が詰まってるなと思いますね。
▲マクスウェル方程式がすらすら出てくる須貝氏
「マクスウェル方程式」とは?
マクスウェルが定立した、電磁場※の性質を記述する基本的な方程式。4個の方程式から成り、自然界におけるほとんどの電磁気現象はこの方程式から出発して説明することができる。
※電磁場:電場と磁場の総称。電場は電気の力がはたらく空間、磁場は磁石の力がはたらく空間のこと。
――「全部が詰まってる」とは?
須貝 つまり電気的、磁気的な現象を説明する式がもうこれ「しか」ないんですよ。よく4つにまとめたなと思うし、そんな「全部入り」のこの方程式がこんなに完成されてて、しかも結構短いですよね。ぐちゃぐちゃと謎の項がついてなくて、きれいなんですよ。このまとまりを見てるだけですごいなって思う。
――どんなところが特にグッとくるんでしょうか?
須貝 すごく“意味がわかる”んですよね、この方程式。
▲「マクスウェル方程式って意味わかるんですよね」
――意味がわかる?
須貝 この式が何を言いたいのかがわかるというか、見ているだけで意味を説明できますもんね。
例えば1つ目の式は、電場 E を空間的に微分すると、電荷密度ρ ÷真空中の誘電率ε0になりますよっていう式ですね。難しく見えますけど、要するに電場が生まれているところには電荷があるって言ってる。当たり前だけど、劇的な式ですよ。
須貝 2つ目の式は、1つ目の電場の式とよく似ていますが、磁場についての式ですね。しかもこれ、さっきと違って右辺が0です。電荷はプラスだけ、マイナスだけでも存在できるけど、磁石には必ずN極とS極があるって言ってるんですよ。N極だけ、S極だけ、みたいなことはないですよと。これもすごい式ですよ。
須貝 それで3つ目はファラデーの法則ね。これは電気の力と磁石の力は表裏一体だってことですね。ざっくり言うと磁石をブンブン動かすと、そこに電気が生まれるんだって言ってる。学校でコイルに向かって磁石を動かしたら電気が流れるっていう電磁誘導を習うと思うけど、この式が説明していることなんです。
須貝 最後の4つ目はアンペール・マクスウェルの法則で、これは電流 j が流れているところにも磁場が生まれるってことです。
――式は難しく見えても、どういうことを表しているかを知るとわかりやすいですね。
須貝 そう、そのなかでも僕がやっぱりすごすぎると思うのが、4つ目の式のここなんですよね!
▲「ここがすごすぎる!」
須貝 真空中の条件で上の式を代入して式変形すると、波の伝わりを説明する波動方程式の形になるんです。これによってマクスウェルは電磁波※2の存在を予言したわけ!
※2)電磁波:電場と磁場が相互に作用しながら空間を伝わっていく波。
▲一応式だけ紹介するよ!
――理論の式から電磁波の存在を予言したということですね。
須貝 しかも、その波の速度はμ0とε0っていう定数で表せるって言ってる。つまり、真空ならどこから見ても電磁波の速度は一定だって言ってるんですよ。
――波の速さが一定。
須貝 そこで困るのが光の速度の説明なんです。光は電磁波だから、どこから見ても一定のスピードに見えるって不思議だなって当時の物理学者たちは悩むわけですよ。
例えば、150km/hで走る新幹線から大谷翔平が150km/hのボール投げたら、外からはそのボールの速度はふつう300km/hに見えますよね。でも光はそうじゃないわけです。
▲どこから見ても、光の速さは一緒……?
須貝 そこからアインシュタインは「光の速度は一定だ!」っていう「光速度不変の原理」を立てて、特殊相対性理論につなげていったんですよ。やっぱりアインシュタインはずっとこの式とにらめっこしてたから、それが言えたと思うんですよね。実際はどうかわからないけど、アインシュタインに聞いてみたいなマジで。
――アインシュタインにも思いを馳せられる式だったとは!
須貝 マクスウェル方程式って大学1年生とかの電磁気学の授業で習うんですよ。「1年生で習うんだからショボいんでしょ」とか「量子力学の練習なんでしょ」とか思いがちですけど、もう全然そんなことなくて。物性でももちろん使うし、宇宙とか素粒子の分野でもマクスウェル方程式は使われてるんじゃないかな。
須貝 マクスウェル方程式はもっとしっかりね、じっくり教えてくれてもいいんじゃないかって気がしますね。スッと通りすぎていいもんじゃないでしょ。う〜ん、いやすごいな……とんでもない式だよこれ。
▲「とんでもない式だよこれ」
須貝 (マクスウェル方程式を眺めながら)うん……意味わかりすぎるもんこんなん。すごい意味わかるもん。あの……流体の式なんだっけ……。あ、ナビエ・ストークス! ナビエ・ストークス方程式もよくよく見たら意味わかるんやろうけど、ちょっとなぁ、項多くない?
▲突然白羽の矢が立った「ナビエ・ストークス方程式」。言われてみれば確かに項が多い。ナビエ・ストークス方程式についてはこちらの記事をどうぞ
須貝 やっぱりマクスウェル方程式は実用的で、偉大な発明であり、さらに偉大な発見にもつながっているし、こんなに美しくて、こんなにまとまってる方程式群ってあるの?って思いますね。
▲しみじみと方程式を眺める須貝氏