「超伝導の研究」ってどんなことをやるの?
――須貝さんは超伝導現象が専門ということですが、具体的にはどんなことを研究していたんでしょうか?
須貝 専門で研究している人には「超伝導磁束渦のフローについてやっている」と言いますが、専門用語なのでわかりやすく言いますね。
▲「超伝導磁束渦のフローについてやってます」
――めっちゃありがたいです。「超伝導磁束渦」ってなんなのでしょう。
須貝 「超伝導」のまず1番素敵な性質が、名前にもなっている「超伝導性」で、ある種の金属を冷却すると電気抵抗がゼロになるという性質です。他にも超伝導には「磁場をはじく」っていう大事な性質があります。
――磁場をはじく?
須貝 超伝導体は基本的に磁場が大嫌いなんですよ。科学館とかで、よく冷え冷えの超伝導体の上に磁石を浮かべるような実験を見せてもらえることがありますよね。あれが「磁場を嫌がる」という性質を使ったもので、反発された磁石が空中に固定されるわけです。
▲こういうやつ! via Wikimedia Commons Mai-Linh Doan CC BY-SA 3.0
須貝 超伝導体には「TypeⅠ」っていう「絶対に磁場を通したくない」っていう過激派と、「TypeⅡ」っていう「まあちょっとはウチの中を磁場通ってもいいよ」っていうやつらがいるんですよ。
――過激派のTypeⅠと穏健派のTypeⅡ。
須貝 TypeⅠのやつらはどんなに冷え冷えだったとしても、ある強さより強い磁場がかかると、全体がバチンと超伝導でいられなくなるんですね。磁場が大嫌いすぎて、一定の磁場を受けるともう超伝導じゃなくなっちゃう。
▲超伝導体にはTypeⅠとTypeⅡがある
須貝 一方、穏健派のTypeⅡは強い磁場がかかっても、TypeⅠのように一気に全部が超伝導じゃなくなるということはないんですね。ただ一部が超伝導じゃなくなって、磁場が通る穴が開くんです。ワカサギ釣りの氷の穴みたいな。それを「超伝導磁束渦」って呼んでいます。「渦」って呼んでいるのは、磁場があるところには必ず電流があるからですね。
▲磁場が通る穴ができる! それが磁束渦だ!
――マクスウェル方程式でも「磁場と電場は表裏一体」ってやりましたね!
須貝 そうそう、磁場があるところには「右ねじの法則」によって渦巻状の電流が流れているので、その部分を「渦」って僕らは呼んでいると。磁束渦あるいは渦糸とか、あとそのまま英語で「ボルテックス(vortex)」って呼んだりします。
――その磁束渦のどんなことを研究していたんですか?
須貝 理想的な超伝導体だと、穴がある状態で電流を流すとこの穴が動くんですよ。理想的じゃない、つまり不純物を含んでいる超伝導体は不純物があるところで超伝導が壊れやすいので、ピンで留められたみたいに穴は止まったままなんですね。これを「ピンどめ効果」といいます。
▲磁束のピンどめ効果。詳しくはこちらの記事で!
須貝 でも理想的な超伝導体だと、電気を通すと穴がズリズリズリ……と動いちゃう。しかも、動くと電気抵抗も生まれちゃう。超伝導って抵抗ゼロなのが嬉しいのに、さあどうしたもんかと。
▲なんということだ……
須貝 前提として動くことが当たり前なものでなければ、基本的に物理ってだいたいのことは止まっていてほしいんですよね。その方がシンプルで計算もしやすいから。多くの物理学者は、動いたら「もう無理だぁ」と思います。
――もう無理だぁ!(笑)
須貝 でも超伝導ってリニアモーターカーとか医療でもMRIとかに使われていて、これからも応用が進んでいくときに、磁束渦が動いたり抵抗が発生するメカニズムはわかっておかないといけないよね、と思うわけです私たちは。なので、この動く仕組みはなんだろうねっていうのを僕が調べていました。
――須貝さんの説明のおかげで、数分前までわからなかった「超伝導磁束渦のフロー」という言葉が理解できるようになりました。
須貝 磁束渦が動く仕組みって教科書にも一応載ってるんですけど、曖昧な感じで紹介されてるんですよね。教科書にはローレンツ力(電流が磁場から受ける力)だって書かれてたんですけど、「嘘やろ?」ってずっと思ってたんですよ。だって力を受けているのは磁場の方だから。
そういう「ほんまかいな?」みたいな疑問もあって調べていたんですよね。それでいろいろ数値計算すると、ローレンツ力と「マグヌス効果」っていう渦が受ける力の合わせ技で動いているっていう結論でした。これが博士論文の内容です。
▲こうして須貝さんは博士(学術)に
須貝さんが考える「研究をする意義」
――教科書を疑うというのは、高校までの勉強ではなかなか味わえない感覚ですね。
須貝 研究者になったら、特に博士課程以降になったら、知らないことなんて無限にあって、全部知ってるとかありえないと思ってた方がいいんですよね。
――その世界を深くわかろうとするからこそ「わからないこと」が増えるという。
須貝 そのなかでも僕はやっぱり基礎的なことはたくさんわかってたほうがいいし、応用しやすいよね、と思うんですよ。「教科書に書いてあることほんまかいな?」っていう疑問から始まって、何に応用できるのかわかんないことも、ちゃんとみんなの共通見解になってることが重要なのかなとは思っています。
たとえば道を作るために、小石を払っておいたり、コンクリート練ったりみたいなことかもしれないけど、その道を敷くために必ずやらなきゃいけないことなんですよね。
――そういった基礎を積み重ねることが、須貝さんの研究のモチベーションだったんですね。
須貝 個人的には劇的な発見をして富や名声を得ようというモチベーションの研究者ってあんまりいないと思っていて、「面白そうな気がするから調べとこ」とか「ちょっとおかしい気がするからこれ調べとこう」とか、そういうモチベーションからつながっているんだと思ってます。「俺これなんか気持ち悪いから調べとこ」みたいな。
須貝 やっぱり物理は「物の
重箱の隅をつつくような研究かもしれないけど、でも誰かはやるんだろうし、「みんなやらへんのやったらやっとくか」みたいな気持ちでやってきました。そこにあるものを見つけて、理解して、名前がついてたほうが楽しいし、僕も嬉しいんですよね。
3回にわたって、須貝さんが物理と出会い、研究しようと思った経緯や、実際の超伝導の研究について話を伺ってきました。ケプラーやマクスウェルなど、偉大な物理学者の情熱に心打たれて物理の道を進んだ須貝さんですが、須貝さんの言葉からもまたその情熱が感じられたのではないでしょうか。
物理は「難しい」という印象を持たれがちですが、身の回りのものすべてに関係のある学問です。このシリーズを読んで、少しでも「物理って楽しそうだな」と思ってもらえたらうれしいです。
【前編・中編はこちら】
▲須貝駿貴、ふくらP、鶴崎修功の「物理大好き軍団」が物理について語る動画もどうぞ!
【あわせて読みたい】