究極の管理は「生存戦略」だった
クレイジーで極端な国、シンガポールはなぜ生まれたのか。一言でいえば「政治家が戦略的にそういう国をつくったから」ということになるかと思うが、より理解を深めるには国の歴史をたどるのが近道だ。
そもそもシンガポールは、「マレーシア連邦」という国の一部だった。シンガポール地域の最大の特色は、多民族の混在。人口の多くを占める中華系の住民(華僑)のほか、マレー系・インド系など様々なルーツをもつ人々が暮らし、時に対立しながらも共存する土地柄だった。
やがてマレー人中心の政策を進めるマレーシアの中央政府と対立が深まると、1965年にマレーシアから分離・独立。現在の「シンガポール共和国」が誕生した。
そこで重要な役割を果たしたのが、初代首相のリー・クアンユー。新たな国のリーダーには、言語も文化も異なる人々をまとめ、「シンガポール人」というアイデンティティをゼロから作ることが求められた。

水さえ満足に確保できない資源の乏しい国とあって、リーは活路を「外」に見出した。英語を公用語のひとつに定め、国民の多くは「ルーツの言語+英語」のバイリンガルに。経済発展を最優先として、欧米の企業を呼び込みやすい環境を整えた。
一方、発展には政治的な安定が不可欠だとして言論統制などの強権的な政策もいとわず、人民行動党(PAP)による事実上の一党支配を完成させた。極端な国づくりは、いわば「シンガポール」という国の生き残りをかけた生存戦略だったと解釈できるのだ。
超巨大「紅白歌合戦」?
先進国の仲間入りを果たして久しい現在も、シンガポールの「らしさ」は随所にみられる。
歌姫テイラー・スウィフトがツアーをやるとなれば、他国を出し抜く格好で東南アジアでの公演を独占的に契約。事態の判明後は批判が相次いだようだが、これも「近隣の国に負けるわけにはいかない」という強烈な意識の現れかもしれない。
テイラー・スウィフトのシンガポール公演、近隣諸国から「抜け駆け」批判 https://t.co/AuRxHpD94x
— cnn_co_jp (@cnn_co_jp) March 5, 2024
更に面白いのが、独立記念日に祝われる「ナショナルデー」という行事。ざっくりいうと超豪華版「紅白歌合戦」のようなイベントで、年ごとにシンガポールの「テーマソング」を作り、スター歌手がパフォーマンスするのを国民みんなで見守る。自然と「私たちはシンガポール人だ」という意識が確認されるわけだ。
▲今年(2025年)のテーマソングのMV
シンガポールの歴史は、国が「国民の一体感」を必死に醸成してきた、決死の努力の歴史でもあるのだ。
▲「ナショナルデー」パレードの様子。大盛り上がり
余談ながら、シンガポールでは4つある公用語の中でもマレー語が「国語」として特別扱いされており、国歌の公式な歌詞もマレー語となっている。ところが国民の多くは英語 + ルーツの言語のバイリンガルなので、マレー系の人々以外は「国歌なのに歌詞の意味はあやふや」という場合も少なくない。
「不便があるなら、いっそ英語に統一してしまっては?」と思うところだが、そうはしないのがシンガポールならでは。「英語オンリーでは多民族国家としてのアイデンティティを失い、“二流の欧米”に成り下がってしまう」「他国のよいところは学ぶが、魂までは売らない」という信念が見て取れる。
日本人は住みやすい?
なんだか「シンガポールは怖い国」という印象を与えてしまったかもしれないが、日本人にとっては世界で最も住みやすい国の一つかもしれない、ということも伝えておきたい。
まずはお店。ドン・キホーテにサイゼリヤ、ニトリにユニクロ、星乃珈琲店まで揃っている。

シンガポールの人々も親切だ。年配の方は国とともに苦労を重ねてきたからか、すごく優しい人が多い。日本、それも東京や京都ではなく、地方への旅行経験者が少なくない(「白川郷へ行った」という人の話も聞いた)。第二次世界大戦中、日本がシンガポールを侵略した歴史があるのも確かだが、人々は「Forgive, but never forget(許すけど、忘れはしない)」というスタンスで接してくれる。これもリー・クアンユー以来の「他国に学べ」という戦略の賜物と言えそうだ。
現在シンガポールの政治を執るのは、公営住宅で生まれ育った「庶民派」のローレンス・ウォン首相。今までにない、対話重視の新しい政治のスタイルを生み出していくのか、その手腕に注目が集まっている。
「すべてを人工的に作り上げてきた」国、シンガポール。SF映画さながらのディストピアとみるか、世界一恵まれた国とみるか。そのリアルをぜひ現地で見つめて、あなたの肌に合うかどうかを確かめてほしい。
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マーライオン:Bjørn Christian Tørrissen CC-BY-SA-3.0
マリーナベイ・サンズ:Someformofhuman CC-BY-SA-3.0