今年(2024年)6月、「早押しクイズ」を題材にとった学術論文が学術誌に掲載されました。
この論文の執筆者のひとりが、白砂大さん。QuizKnockでは以前も、「クイズの研究者」としてインタビューを行いました。
あれから1年、白砂さんはどんな苦労を経て「クイズの論文」の完成にこぎ着けたのでしょうか。改めてお話を伺いました。
【前回のインタビューはこちら】
白砂大さん
追手門学院大学心理学部心理学科特任助教。第30回『高校生クイズ』ではベスト8の成績を残している。今年(2024年)、早押しクイズに関する論文が学術誌に掲載された。
あさぬま
今回の聞き手。白砂さんの大学(千葉大)の後輩にあたる。
もくじ
◎ 「早押しクイズの論文」とは?
◎ 論文を書いた後も、研究者は大変!
◎ 研究者は「象牙の塔」になんていない
◎ 今後は「研究のファンを増やしたい」
「早押しクイズ」の論文とは?
このたびは論文の採択、おめでとうございます! さっそくですが、今回採択された論文について教えてください。
ありがとうございます! 今回は、認知科学と早押しクイズを融合させた研究が論文の形になり、学術誌に掲載されました。
早押しクイズをしっかりと扱った心理学や認知科学系の論文は、世界初なんじゃないかと思います。タイトルに「早押しクイズ」とついている論文は、少なくとも僕や周りの研究者では見たことがありません。
世界初! 確かに、論文と「早押しクイズ」が共存しているのは少し不思議な感覚ですね。この論文にはどんなことが書かれているんでしょうか?
早押しクイズについて、プレイヤーの振る舞いや判断、行動を、実際の大会のデータを用いて分析しています。
早押しクイズでは、「答えを知っているか否か」だけではなく、時には「情報が不十分な問題文の途中でもボタンを押す」力が求められます。
早押しクイズでは、「対戦相手に勝つため」などの理由から「完全にはわからないけど押す」というプレーが生まれうる、ということですね。
そうです。その「情報が不十分な状況」における「ボタンを押す」という振る舞いが、ゲーム中にあと何回押して間違えても良いかという猶予によって戦略が変わっているのでは? と予想したんです。
この振る舞いは認知科学の分野で「不確実性下の判断」と呼ばれるもので、今回はこの部分について実際に行われたクイズ大会のデータを用いて分析をしていきました。
分析では、問題文の文字数に基づいて不確実性を数値化しました。すると、「あと1回誤答すると失格してしまう」という状況の時は、プレースタイルがかなり慎重になるということがわかったんです。
誤答に応じて、押し方が大きく変わるんですね。
早押しクイズを「数値化」できた
この研究の「推しポイント」はどこにありますか?
やはり、「早押しクイズを数値化した」ところですね。これまで分析という形が取れなかった早押しクイズを数値にすることで、面白い結果を得ることができたと思います。
ただし、今回のデータはあくまで1つの例、しかも、ある大会のあるラウンドに限った話なので、「競技クイズの大会で優勝するには不確実性の低いプレーが必要!」と言いきるにはデータがまだ足りないんですよね。
押す人数や、誤答できる数も大会ごとに違いますよね。
そうです。それでも、「あと1回誤答したら失格」というところで押しが慎重になる傾向はかなり強いですね。
この傾向はクイズプレイヤーからは強く共感してもらえることだと思うんですが、数字を使って示すことができたのは大きな結果だと思います。
スポーツの、いわゆる「置きに行くプレー」と同じようなことが、非フィジカルでブレインスポーツにも似た早押しクイズでも起こっていることがわかったわけです。
なるほど。ちなみに、フィジカルのスポーツの研究でも、これと同様の傾向が見られるんですか?
そうですね。ゴルフの例が特に有名です。
ゴルフでは、1回以上外してもいい状況と、もう後がない状況とでは、長いショットを打つか短いショットを打つかを変えていることが実証されています。成績の面で損を避けるために、状況に応じてプレーの緩急をつける点でクイズと共通点があります。
じゃあ、ゆくゆくはクイズがスポーツと同じ土俵で議論される日が来るかもしれないですね……?
そう思っています。僕は、早押しクイズは一種のスポーツだと思っていますよ。
「ワクワクした」研究の裏話とは
「世界初」ならではのワクワク
論文って、何らかの点で「初めて」の部分が含まれるものですけど、今回白砂さんが取り組まれた研究は題材ごと初めてだったわけですよね。これについて、何か印象的だったことはありますか?
初めてのものに挑戦するワクワク感は、今まで以上にあったと思っています。 「早押しクイズ」というテーマについては、学術的には新しい切り口かもしれないけれど、テレビ番組でよくやっていることもあってその存在を誰もが知っているじゃないですか。
だから、前提として話す説明を省けたのはひとつアドバンテージだったと思います。もちろん、競技クイズはテレビの早押しクイズと違うところもたくさんあるので、細かい説明は必要でしたけどね。
「1人では無理だった」共同研究者の存在も
論文の著者を見ると、白砂さんともうお一人いらっしゃいますね。
この論文は、僕1人ではなく小坂健太くん(関西外国語大学)と一緒に作り上げたものです。
僕は実験や計算機シミュレーションをメインに、小坂くんは言語学的なアプローチでクイズを研究していて、2人で協力しながら研究をしていました。論文は僕がメインで書き、小坂くんには全体のチェックをお願いした形です。
おふたりの専門分野をそれぞれに発揮しながら進めた研究だったんですね。白砂さんが、「これは1人だったらできていなかっただろう」と思うことはありますか?
たくさんありましたね。たとえば論文のイントロ部分。この部分には、研究の意義や位置づけを置くことが多いのですが、小坂くんの専門である言語学の視点を使ってうまく書くことができました。
小坂くんは、日頃から、自身の専門分野を軸に様々なものをクイズと関連させて考えているようです。そんな彼の視点が、「クイズ」が学問の中でどういう位置づけにあるかを書くうえで参考になりました。
なるほど。では反対に、白砂さんがこの研究で「自分の強みを発揮できた!」と思うところはどこですか?
大学の学部時代から、ヒューリスティックの研究をやってきてよかったと思いました。この分野を学んでいなければ、「クイズの研究をやるぞ!」と思っても、うまくいかなかったと思います。
ヒューリスティック:短い時間、少ない労力で行う、経験則的な判断行為のこと。詳しくは
前回のインタビューへ。
認知科学の研究を続けて、ある程度自分の立場もできたうえで、今回クイズを題材にした研究に踏み込みました。これは結果的によかったと思いますね。
クイズの経験と認知科学のアプローチ、どちらもあっての今回の研究が実ったわけですね。
論文を書いた後も、研究者は大変!
こうしてめでたく論文の執筆が終わって、論文は学術誌に載るんですよね?
そう言いたいところなんですけど……ここからが大変なんですよ。
?? どういうことですか?
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