連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
経済学部に入ったのは、数式に憧れていたからだった。
数学が得意だったわけではない。高2の東大同日模試では全問題に解答した上で0点を取ったし、センター試験本番も数学1・Aは67/100点だった。今でも苦手意識は消えない。
それでも、数式の「描写する力」が好きだった。人々の行動を数字に落とし込み、数式で近似していく経済学は、見えないものを可視化する魔法に思えたのだ。
結局は学士で終わってしまった大学の学問だったが、暗闇を照らすことへの興奮は未だに忘れていない。
それゆえ、ナナヲアカリ『チューリングラブ feat.Sou』の主人公には親近感を覚えたものだ。数字ですべてを解き明かせるという感覚は、経済学に触れたばかりの自分のようであった。
「恋」という未解決問題に挑む
TVアニメ『理系が恋に落ちたので証明してみた。』の主題歌ということもあり、歌詞には多くの数学・科学用語が登場する。
数字や科学では解き明かせない恋の悩み……というテーマはいかにもな理系キャラチックだが、ベースのアイディアは先に述べたような感覚ゆえにリアリティを感じる。
しかし、それ以上に重要なのは、この歌詞を読む限りはどうやら「恋とはなにか」という難題が解き明かされているようだ、ということだ。
人類が長らく抱えてきた恋という未解決問題。直接的な答えは書かれていないが、「いま、ふたりなら実証できそう」と歌っている以上、解にはたどり着いていそうだ。いわゆる「証明は読者の練習問題としよう」パターンであるが、29歳クイズ王の私としてはどうにかして答えを知りたい。
いかにして問題をとくか。まずはやはり「問題を理解する」ところから始めよう。地道に歌詞を追うのだ。
著名な数学者も全面協力、がしかし……
僅かな手がかりがあるとしたら、登場する偉人たちであろう。オイラー、フェルマー、ピタゴラス、リーマンといった4人の賢人がズラリ。いずれも数学の分野で大きな業績を残したメンバーである。
しかも、この歌詞では明らかに1人だけ、扱いが違う人物がいる。
17世紀の偉大なる数学者、ピエール・ド・フェルマーである。
なんと彼だけ、露骨に蔑ろにされているのだ。
歌詞を見てみよう。他の数学者は「なんでか教えて」「確かめさせて」「確かにさせて」などの依頼を受けている。
なんでか教えてオイラー (オイラー!)
(中略)
確かめさせてピタゴラス (ピタゴラス!)
確かにさせてリーマン (リーマン!)ナナヲアカリ『チューリングラブ feat.Sou』(作詞:ナユタセイジ・ポエトリー:ナナヲアカリ)
敬語じゃないことには目をつぶるとして、先達の教えを大切にしていることがわかるだろう。巨人の肩の上に立つ、学問の基本だ。
それに対し、フェルマーへの扱いはおもむきが異なる。
あろうことか、この歌詞ではフェルマーに対して「感想きかせて」とだけ言い放つのである。
感想きかせてフェルマー (フェルマー!)
予測不可能性 いま触れてみるナナヲアカリ『チューリングラブ feat.Sou』(作詞:ナユタセイジ・ポエトリー:ナナヲアカリ)
「数論の父」と呼ばれ、解析幾何学や確率論の分野で大きな成果を遺したフェルマー。20世紀まで証明されなかった「フェルマーの最終定理」を遺した、あのフェルマーだ。
それを、ゼミの友達程度に扱うとは、な、なんと無礼な……!
……いや、冷静になろう。意外とこれが恋を解き明かすヒントかもしれない。
そもそも、これだけの知識があるなら、フェルマーの業績を知らないはずないではないか。フェルマーについて知った上で、感想にとどめたのだ。
そうした前提に立つなら、ここに「フェルマー自身はあまり詳しくないが、他の3人が関連している分野にこそ、恋の答えがあるのではないか」という仮説が立つ。
Eureka! 道筋は見えた。さあ、エレガントな証明をスタートしよう。