連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
飲み会にはあまり行かないが、酒は好きだ。南国で昼間からぼんやり飲むのも、一日の疲れをバーで癒すのも、この世の至福そのものである。
一人で飲むのはもっぱら蒸留酒だが、熱帯の国に行けば瓶ビールが、雨上がりのフェスではラムチャイがファーストチョイスになる。シチュエーションにふさわしい一杯は人生を彩る舞台照明だ。
それゆえか、酒と音楽もまた、劇的なマリアージュを度々見せる。岡村靖幸『カルアミルク』からConton Candy『ファジーネーブル』まで、時代もテイストも度数も問わず、数多くの名曲が生まれた。
カクテルの名前がひとつ出てくるだけで、その時の気分や状況が雄弁に語られる。それほどまでに、酒の持つ文化的背景は豊かだ。
とはいえ、なかなかに喋りだしてくれないお酒も中にはある。今年ヒットしたMAISONdes『トウキョウ・シャンディ・ランデヴ』はその最たる例であろう。
そもそも「シャンディ」がお酒の名前だ、ということに驚く人もいるはずだ。曲中ではほとんど言及されていないし、他の歌詞にはお酒要素がない。わからなくて当然である。
ここでいう「シャンディ」とは、カクテルの「シャンディガフ」のことだ。単にシャンディと呼ばれることも多い。ビールとジンジャーエールを1:1で合わせた定番の一杯で、日本でもパブなどを中心に広く飲むことができる。大学のコンパなどでは発注率の高いお酒であろう。
そう考えると『ウイスキーが、お好きでしょ』みたいなタイトルだが、この曲にお酒やバーの描写はまったくない。突如としてシャンディが登場するのだ。
▲ビールの苦味をやわらげてくれるカクテル「シャンディガフ」
ゆえに疑問が残る。なぜ藪から棒に、シャンディガフなのだろうか。
この曲はアニメ『うる星やつら』のEDテーマ曲となっているのだが、アニメ自体は高校が舞台。当然飲酒はNGだ。ラムちゃんも、主人公の諸星あたるもあまりお酒との結びつきはない。不可解現象だ。
▲高校生なので……!(出典:PR TIMES)
なぜ、この曲にわざわざ「シャンディ」を登場させたのだろうか。
この深淵なる謎に迫るべく、まずは一杯飲んでみよう。
一体全体どしてどして
うーん、うまい。
シャンディガフのドコがスゴイか。そもそも度数の高くないビールをノンアルコールで割っているため、非常に飲みやすい。とはいえホップ由来の苦味やジンジャーの香りもあり、れっきとした「お酒」の感覚もある。万人がそれぞれの楽しみ方をできる飲み方だと言えよう。
そうこうしている間に完飲。
▲外はまだ明るいぞ……?
歌詞も同時に味わっていきたいのだが、先にも述べた通り主題はお酒に関係がない。テーマは「相手を振り向かせたい女心」。おそらくは、主人公・諸星あたるを振り向かせたいラムちゃんの気持ちにリンクした歌詞であろう。
そんななかで「冗談じゃあないわ」のあと、「その時が来たって如何にもならないぜ」の前に登場するのがシャンディガフである。前後のつながりはなく、「その時」という曖昧な指示語のせいもあって、いよいよ意味を取るのが難しい。
冗談じゃあないわ
トウキョウ・シャンディ・ランデヴ
その時が来たって如何にもならないぜMAISONdes『トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat. 花譜, ツミキ』(作詞:ツミキ)
ここはひとつ、シャンディガフから想像を広げるしかないだろう。
これだけポピュラーなカクテルにもかかわらず、シャンディガフの命名の由来は不明だ。名前から攻めるのは難しい。
となると、内容を掘り下げる必要がある。シャンディガフのイメージとして最初に出てくるのは「マイルドなお酒」ということだ。使うビールにも依るが、アルコール度数はほぼ確実に5%以下になる。度数が低いので、スルスル飲めてしまうのだ。
ということで、もう一杯。体に沁み込んでいくようである。
▲スルスル……?