そもそも「人狼」って何者?
映画産業のお話は、あくまで「近現代の人狼像」の一側面にすぎない。人狼にまつわる言い伝えは全世界、また古代から現代に至るまであまねく存在しているからだ。そのため「人狼とは何者か」という問いを一口で説明するのは難しい。
疑問を解消するためこれらの本を借りてきた。どうやら世界中の人狼にまつわる記述の性質は、以下のようにざっくり分けられそうだ。
1.人間が狼の姿に変えられたもの
フィクションの中で語られる、人間が後天的な理由でオオカミの姿になる例だ。現代では「ハリー・ポッター」シリーズのルーピン先生※1がイメージしやすいだろうか。古代にさかのぼると、ギリシャ神話に登場するリュカオーン王はゼウスを陥れようとした罪でオオカミの姿にされてしまう例などがある。
(※1)ルーピン先生:リーマス・ルーピン。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で初登場する狼人間の先生。ハリーの父であるジェームズ・ポッターやシリウス・ブラックの親友であった。カッコいい。
2.猟奇的な犯罪者に貼られるレッテル
中世ヨーロッパで魔女狩りが行われていた時代、魔女と同様に異端の者を「人狼」とみなす人狼裁判が行われた。真偽はともかく、残虐な事件を起こした「人狼の記録」が多く残されている。
3.狼に変身したと思い込む精神疾患者
古代から「ライカントロピー」という精神倒錯が確認されている。自分の体が狼など他のものに置き換わってしまったと錯覚することで、その動物のように振る舞うという症状がみられる。トリカブトなどに含まれるアルカロイドや狂犬病が原因ともされている。
映画『狼男』でもトリカブトが登場していたのはこの逸話から来ているのかもしれない。
4.正体不明の怪物の代名詞
人類の歴史の中で家畜の飼育が始まって以来、オオカミによる食殺被害は絶えなかった。しかし、あまりに被害が凄惨だった場合、「人知を兼ね備えた怪物」=「人狼」の仕業とされた。「ジェヴォーダンの獣※2」などがこれにあたる。
(※2)ジェヴォーダンの獣:18世紀フランスで起きた野獣による襲撃事件。100人以上の犠牲者が出たものの真相は不明のまま。
古の人狼はどうやって変身したか
最初の問いに戻ろう。狼への変身の引き金について掘り下げていく。
1.毛皮や道具を身に着ける
北欧神話のベルセルク※3などに端を発する。ベルセルクはオオカミの毛皮を身に付けることで、自らを獣と同一視し、力をふるった。
(※3)ベルセルク:北欧の神話や伝承に登場する忘我状態となって戦う戦士。ウールブへジンとも。英語では「バーサーカー」、日本語では「狂戦士」などと訳される。
2.霊魂が身体から抜けて、別の存在に
眠っている状態などの条件が整った時に、霊魂が自らの身体から抜けて、他の生物に乗り移ったり、元の姿とは別の姿に変身したりすることがある。これらはアニミズム的な思想と結びついている。アニメ映画『ウルフウォーカー※4』や、小説『鹿の王※5』(オオカミではないが)などはこんな感じだ。
(※4)『ウルフウォーカー』:ハンターの娘・ロビンと、人狼の少女・メーヴの友情を描くアニメ映画。ケルト神話に基づく。2020年公開。アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネート。
(※5)『鹿の王』:上橋菜穂子のファンタジー小説。未知の病「黒狼病」の流行から生き延びた父と娘の絆を描く。2015年本屋大賞受賞。
3.魔術など超自然的な力
呪いを受ける、悪魔と契約をするなど、超自然的な力によってオオカミの身体を手に入れる例だ。19世紀以降の文学作品では、噛まれたことが原因で、呪いにより狼憑き・人狼になる場合が多い。
『狼男』のラリー・タルボットをはじめ、先ほど紹介した人狼映画の多くが「人狼に噛まれて人狼になる」という設定を受け継いでいる。
変身の条件はたくさんあった
なお、イギリスとフランスの一部の人狼伝承で「満月の夜に変身する」という記述が見られた。満月の夜に変身するいわれは、19世紀以前にも細々とは存在はしていたようだ。だが、その他の人狼譚における変身の頻度や条件に焦点を当てると「年に一度」「クリスマスと夏至」「毎晩」などとまちまちだった。
そもそも、確認した限りでは変身の条件や描写が描かれないものも多い。つまり、19世紀までの人狼譚では「変身の過程」はそれほど重要でなかったのかもしれない。
ひるがえって映画は「視覚的な演出」を必要とする。劇的な変身シーンを描くため「人狼が満月によって変身する」という設定が定着したのではないかとも考えられる。
元々「オオカミは月に向かって吠える」「月の満ち欠けによって精神や肉体は変化する」などの言い伝えはあれど、私が調べた限り「人狼が満月の夜に変身する」というイメージの歴史は浅いと言えそうだ。
◇
漫画『BEASTARS』ではオオカミの生徒は月光浴をするし、ゲーム「どうぶつの森」のオオカミ系住人は「満月を見ると吠えずにはいられない」と言う。しかし、「月に反応する」のはオオカミに生来備わった性質というより、人間の解釈によるものだろう。人狼とオオカミは全く異なる存在ではあるが、互いのイメージが干渉し合って、今日の「人狼像」「オオカミ像」は形成されている。満月だからと短絡的に遠吠えをしようとした私のなんと浅はかなことか。
……気がつけば月も見えなくなり、朝になっていた。こんな思索に耽ってしまったせいで、結局私はオオカミになり損ねてしまったようだ。わおん。
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