クイズ番組「東大王」で東大王チームを率いる大将であり、QuizKnockのYouTubeチャンネルでも無邪気にクイズに挑む姿が愛される鶴崎修功。テレビやネットで縦横無尽に活躍する一方、普段は東京大学の大学院で「数学」を研究しています。
このインタビューでは「鶴崎修功と数学」というテーマで、彼が愛してやまない「数学」の魅力や彼の数学三昧の人生について掘り下げます。前回のインタビューでは、「数字が好きすぎて心配され、幼稚園で会議になった」という幼少期のエピソードから、「最も美しい」と思う数式を紹介。数学に魅せられた経緯やその美学について語ってもらいました。
【前編はこちら】
今回は普段鶴崎氏がどんな研究をしているのか、また「何をしているかわからない」と言われがちな基礎的な研究をする意義について、キレ味が光る「鶴崎節」満載でお送りしていきます。
目次
◎ 鶴崎さんはいったいどんな研究をしているの?
◎ 「それ研究して何に役立つの?」に対する鶴崎さんの答え
◎ 「勉強はだまされないためにやる」母の教え
◎ ズバリ、鶴崎さんにとって「数学」とは?
鶴崎さんの研究が「宇宙の構造」を記述する?
▲前回に引き続き、QuizKnockの新オフィスからお届けします
――数学を研究していると一言で言っても、なかなか専門外の人はイメージが湧きにくいものです。鶴崎さんはいま大学院でどんな研究をしているんでしょうか?
鶴崎 えーっと、難しい言葉を使っていいならば、代数の「表現論」という分野にある「カッツ・ムーディ・リー代数」というものです。
――カッツ・ムー……えぇと……。
鶴崎 「カッツ・ムーディ・リー代数」です。カッツさんとムーディさんっていう二人の数学者がいて、その人たちが作ったのがカッツ・ムーディ・リー代数。僕はその中の、「ハイパボリック・リー代数」というものについて研究しています、と数学者には言います。
――あぁすみません、全然わからないです……。
鶴崎 こう話しても全然意味がわからないと思うんで(笑)、一般の方に説明するときには、「行列」という言葉を使います。現在の高校の学習指導要領にはないですけど、高校とか大学1年生とかの数学で行列を習う人が多いので、「行列の先にあること、行列の進んだバージョンをやってます」と言ってますね。
▲自身の研究について語る鶴崎氏
――なるほど、行列は高校で習いました! 「ハイパボリック・リー代数」というのはどんなところが重要なんでしょうか?
鶴崎 もともとリー代数の表現論という分野自体は、物理からの要請がある分野なんだそうです。
――物理学の研究を進めるために、リー代数の解明が必要ということですね。
鶴崎 そう、宇宙の「場の量子論」という物理の分野があって、その先に統一理論や、素粒子の動きを一つに記述する理論みたいなのがあるんです。「宇宙は11次元だ」みたいなそういう話ですね。
その宇宙の構造を記述する研究に、ハイパボリック・リー代数が結構使われているんです。僕は物理には詳しくないのでちょっとわからないんですけど、ハイパボリック・リー代数とかカッツ・ムーディ・リー代数の構造がわかれば、宇宙の構造がわかるかもしれないという。
――宇宙の構造!?
鶴崎 色々なリー代数がその理論に関わってるんですけど、カッツ・ムーディ・リー代数もかなり重要な一翼を担っているんですよ。
だから物理学で必要だということで、研究しているという感じです。実際、僕の研究のもととなった先行研究の論文は物理学者が書いているんですよね。
――なるほど、物理の発展のために重要な理論なんですね。
鶴崎 ちなみに、ハイパボリック・リー代数の中で一番構造が難しい「E10」というリー代数があるんですけど、それについてわかったら結構アツいらしいんですよ(笑)。
リー代数はランクという階層があってランクが高いほど複雑になるんですが、僕が今研究しているのはランク2という、一番簡単なやつなんです。そこからランク3、ランク4と上がっていくんですけど、E10は確かランク10なはずで、それが一番高いんですよ。
――桁違いに難しそう、というのはわかります……!
鶴崎 だからこれがわかると「めちゃめちゃアツい!」みたいな。そのためにランク2からやっているみたいな感じです。
「数学はよくわからない」と思われがちな理由
――勝手なイメージなんですが、数学の研究って紙とペンでガリガリ計算するみたいなイメージがあります。
鶴崎 計算するときは確かに、紙とペンが多数派なんじゃないかなと思います。紙と言っても本当に紙の人と、最近だとタブレットに書いている人たくさんいますけど。他だとプログラムを書いてそれに計算する人もいますね。
僕は紙とペンがメインです。まあちょっとプログラムも書きますけど。
――実際に「数学を研究する」というのは、研究室でどんなことをされているんでしょうか?
鶴崎 具体的に何をやってるかといえば、論文を書いてます。基本的には数学者の仕事は、解かれていない問題を解いて証明すること。で、それを発表するために論文を書くわけですよね。
論文を書くためには、他の人が書いた論文を読みます。論文を読むと、既に研究されていることだけじゃなくて、まだわかってないこともわかります。そういう問題の中で、自分が解けそうなものを見つけて研究するわけです。それで色々計算したり、証明したりして、新しいことがわかったらそれを論文という形に文章にまとめて投稿する。それが仕事になるという感じですね。
▲特別に鶴崎さんが研究で使っているパソコンを見せてもらった。たくさん英語や数式が書いてある。
――その論文がまた他の人の研究の資料になるわけですね。
鶴崎 そうですね。テーマを見つけるには、論文を読むだけじゃなくて、他の数学者と議論するとか、学生だったら指導教官の指導を受けるというのもあるし。最初のテーマを決める場合は、自分の好みと先生のアドバイスの相互作用というか、2つ合わさって決まる感じが多いと思います。
研究を続けるうえで一番多いと思うのは、自分が研究してその研究の続きをまた自分でやるというものですね。「この研究でわかったことはこれで、わからなかったことは次でやりましょう」という。そうやって自分の理論を完成させていくみたいなのは多いかなと思います。
――なるほど。ただやっぱり数学の研究って「何をしているのかわからない」と言われがちですよね。
鶴崎 数学の性質として、結構積み重ねが重要というか、前のことがわかってないと次のことがわからないというのが大きくて伝えるのが難しい。リー代数だったら、高校までの数学はもちろん、大学3年生の数学がわかってやっと意味がわかるみたいなものなんです。
他の学問とかだと、ざっくり聞いても「こういうことを研究してるんだな」ってなんとなく理解できることもあるじゃないですか。一言で説明しやすいというか。
数学だと一般の人には前提知識の時点で全然よくわからないものについて説明することになるから、結局「数学はわかりづらい」という印象を持たれがちですよね。数学はこれまでの積み重ねでいっているというのが結構大きいかなと思いますね。
――なるほど。積み重ねという点でいうと、例えば読者にも比較的身近な高校の数学は、鶴崎さんの研究にとってどれくらい重要ですか?
鶴崎 あぁ、それはもうすごく役に立ってますね。実際に僕が研究に使っている手法って高校の数学みたいなもので、やり方自体は大学1年生でもできるようなものなんです。
――そうなんですか?
鶴崎 もちろんカッツ・ムーディ・リー代数とはなんぞやということを理解するには結構色々な知識が必要なんですけど。それを理解した結果、やってることは高校生の数学、みたいな感じなんです。
だからリー代数を理解している人にとっては、非常にしょうもないことやってるんでしょうけど(笑)。
――素人目からすればそんなことはないと思いますけど……。
鶴崎 でもそういう手法でも、一応新しい結果を出せているんですよね。なので、理解の積み重ねというのはすごく大事だと思います。