母の教え「勉強はだまされないためにやる」
――「千年後のためにやる研究」が認められる社会の大切さも感じますね。数学そのものに限らず、数学的な視点を持っていたことで、普段の生活に役立つこともあると思います。
鶴崎 そうですね。数学者が持っている能力で、一番役に立つのは「論理の正確さ」かなと思っています。
――論理の正確さ?
鶴崎 人が何か話しているときに、論理としてそれが本当に正しいかどうかというのを見抜くのが簡単にできますね。
例えば、「カラスは黒い」みたいな話があって、カラスが黒いのはみんな納得してもらえると思うんですけど、じゃあ「黒いのはカラスか」というとそうじゃないですよね。「逆にこうだよね」という論理の話は、それは本当なのかってすぐに考えます。
「逆・裏・対偶」って高校数学で習ったかもしれないですけど、結構みんな「逆・裏・対偶」をひとくくりに「逆に」って言うんですよ。僕もまぁ言いますけど。
――数学では「逆」って「AであればB」を「BであればA」に置き換えることですもんね。
鶴崎 数学者は慣れているから、「それは逆じゃない」とか、「『逆に』って言っているけど対偶だからそれは正しいな」とか考えるわけです。
――「逆に」をそこまで意識したことがありませんでした……。
鶴崎 「逆・裏・対偶」を意識できていると、それが正しいかどうかわかる。でも意識していないと自分が意味不明なことを言ってしまうだけじゃなくて、他人が意味不明なことを話してても気づけないんです。「それ嘘ですよね」「間違ってますよね」って。「こういう例があるじゃない」って。
数学者はそういうのを発見するのがうまいと思います。わざわざ毎回訂正する人は理屈っぽいって言われるんですけどね(笑)。そうやって論理的に正しいことを言えるようになるというか。
――なるほど。
鶴崎 「この人の言っていること嘘だな」って見抜けるのは普通の会話でも大事だし、有名な人が言ってたら「正しい」って思いやすいじゃないですか。「今まで正しいことを言っている人が言ったから正しい」とか、「信用できない人が言っているから間違いだ」とかってよくありますけど、実はおかしいじゃないですか。
そういう思い込みを排除して、ちゃんと論理的に正しいかどうか判断する能力が数学者は鍛えられていると思いますね。
――論理的に判断する能力が高いと、自分を守ることにもつながるんですね。
鶴崎 僕の母親がよく「勉強はだまされないためにするものですよ」と言っていたんです。まぁそれは少し言い過ぎだとは思いますけど、とはいえ論理性というのは、だまされないために直接役に立つことのひとつかなとは思いますね。
という感じで、数学者と話すときは正しい言葉を使って、正しい論理展開をするように気をつけましょう(笑)。
――う、うかつに「逆に」って言えなくなっちゃいますね。
鶴崎 そうそう(笑)。まあ「逆に」って言ってもいいんですけど、「逆に」って言ったときの論理の展開には気をつけないといけないですね。
――気をつけます……!
ズバリ、鶴崎さんにとって「数学」とは?
――最後にズバリ、鶴崎さんにとって数学とはなんでしょうか?
鶴崎 難しいですねぇ……。
難しい話なんですけど、「自分の興味があるものを集合としたときに、その集合に興味がある順に順序をつけることができたとすると、その順序の中で最大になるもの」が数学ですね。
――自分が興味あるものを集合としたときに……?(困惑)
鶴崎 これね、大学2年生とかで勉強する集合の内容で、特定の集合を用意してその中に順序をつけてその極大とか最大を考えるというのがあるんですよ。
そこに「選択公理」と「ツォルンの補題」という、まあまあ複雑な命題があるんですけど。こういうのを認めて、集合の中に順序をつけて一番上のものが取れるかどうか、みたいなものをめちゃめちゃ使うんですよ。数学者に聞いたら使ったことない人いないと思いますよ(笑)。
――な、なるほど。それに当てはめると鶴崎さんが「最も興味のあるもの」が数学であると。
鶴崎 つまりそう。でも集合か集合じゃないかがまためんどくさい話でね……。集合って、ものが集まったら全部集合だと思うじゃないですか。
――お、思ってます。
鶴崎 でもねぇ、これが違うんですよ。これがまずいんですよ。これをやると矛盾が起こるんですよ。ラッセルのパラドックスですよ。これも面白いですよ(笑)。
▲話しているうちに白熱していく鶴崎氏
鶴崎 でも仮にこの世のものを集めた集合があるとして、そこに順序を入れて、最大になるもの。
――それを改めて言葉で表すと「自分の興味があるものを集合としたときに、その集合に興味がある順に順序をつけることができたとすると、その順序の中で最大になるもの」が数学だと。
鶴崎 そうそう。しかもこれが他人に何のメッセージもないというところがいいですね。結局直訳すると、「鶴崎さんにとって数学ってなんでしょうか?」って聞かれて「一番好きなものです」という意味不明な答えしか言ってないですけど。
「数学とは友達です」みたいなそういう「っぽい回答」じゃなくてアレなんですけど(笑)。
――でも鶴崎さんのキャラが伝わってきますよ(笑)。
鶴崎 まぁ「一番好き」という、それ以外はないですからね。
――これまでのお話でも、数学が好きなことは十分伝わってきたので、気持ちが凝縮したフレーズだと思います。
鶴崎 であればよかったです(笑)。
――ありがとうございました!
全2回でお送りした「鶴崎修功と数学」インタビュー。数学の研究を続ける鶴崎さんには、「好き」「楽しい」という気持ちを追求してきたこれまでがありました。そして、これからの時代のブレイクスルーとなるのは、「千年後のための研究」なのかもしれません。
【前編はこちら】
【あわせて読みたい】