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「哲学を研究する」とは?

――ところで、めちゃめちゃ素人質問なんですけど……、

田村 この前の記事で、僕が「オリジナル漢字」を作ったやつですね。

▲一文字で「素人質問」を表す。この発想も哲学マインドのおかげ……?(漢検1級たちが本気で「新しい漢字」を考えてみた【これは流行る】より)

――そもそも「哲学の研究」ってどういうことをするんでしょうか? 理系の僕からすると「研究」といえば数字と向き合って……というイメージなんですが、哲学はきっと違いますよね。

田村 あくまで僕個人の意見なんですけど、主に2つあって。1つは、「概念の用法や意味を整理する」こと。もう1つは、「『うまく言い表せなかった状況』を表現できる概念を作る」ことですね。

――なるほど……? 1つ目の「概念の用法や意味を整理する」とはどういうことでしょう?

田村 簡単に言うと、ある概念について「問いとそれに対する仮説を立て、その仮説を起点にして理解を深めていく」ということですね。

田村 たとえば「友達」について考えるとします。「友達って本当に必要なの?」という問いを考えてみるとして、この問いに対して「友達は必要だ」という仮説を立てたとします。その仮説をスタート地点にして、「友達は何のために必要?」「その機能を果たすだけなら友達以外のもので代替できるんじゃない?」といった感じで深掘りしながら考えていくと、問いに対する答えが出せることもあれば、そもそも「友達は必要か」という質問自体考える必要がないものだった、というのがわかったりします。

田村 これを、僕が哲学の研究をする場面に当てはめてみると……。メルロ゠ポンティという哲学者の書いた『知覚の現象学』という本があります。この内容を理解したいので、まず「メルロ=ポンティは『知覚』という言葉をどういう意味で使っている?」っていう問いを立てるんです。これがわからないと、彼がこの本の中で何をしたのかを論じたことにはならないんですよね。

――スタート地点をまず定めると。

田村 そのうえで彼のバックヤードを紐解いていって、「メルロ=ポンティは哲学者Aさんの影響を受けているので、『知覚』をAさんに近い形で定義しているはずだ。」といった仮説を立てる

田村 その仮説のもとで、「だから彼が『知覚』に関して述べている時は、こんな意味になるはずだ」と考察し、その解釈が、『知覚の現象学』で「知覚」という言葉が使われている文脈と並べても違和感がないかを検証する、ということをやっています。この繰り返しで、過去の偉大な哲学者がどんな境地で物事を考えていたのか、少しずつ見えてくる(ような気がします)。

――なるほど、明確な「答え」が存在しない問いに対して「答えを作っていく」というわけですね。2つ目の「うまく言い表せなかった状況を表現できる概念を作る」のは、言っていることはなんとなくわかるような気がしますが……。

田村 誰もうまく把握できていなかった状況を言語化・概念化して、みんながその状況について考えたり、理解できるようにする、という感じですね。

――具体的にはどういうものが挙げられますか?

田村 哲学の例じゃないんですが、2023年の流行語で言えば「蛙化現象」みたいな言葉を発明するイメージです。

蛙化現象:意中の相手が自分に好意を向けていることがわかった途端、その相手を嫌いになってしまう現象。最近では、「意中の相手のささいな言動がきっかけで好意が冷めてしまう現象」を指すことが多い。

田村 この言葉ができる前はいろんな言葉で曖昧に共有されていた体験が、「蛙化現象」という概念が発明されて普及することによって、同じ現象についてみんなが理解したり語ったりするハードルがグンと下がる。こういう概念の発明を哲学的なトピックについて試みるのが、哲学の研究の一幕ということになるでしょうか。

――確かに「蛙化現象」という言葉を初めて知ったとき、言い得て妙だなあと思いました。

田村 どちらの場合でも、ひたすら本を読んで、それについて考えて書いたり喋ったりするっていうのが、研究の際にやっていることです。

読書は「脳を拡張する」営み

――「ひたすら本を読む」ということでずっと気になっていたんですが、お持ちいただいた『知覚の現象学』に、かなりの数の付箋がついてますね。

▲ざっと見ただけで50枚はある

田村 僕にとって読書って、自分の足跡を本に残すことなんですよね。後で振り返ると、その時僕が気になった部分がわかる。「面白いと思ったら付箋を貼る」を繰り返すと、「世界に一冊しかない本」ができあがるんですよ。それを増やして「自分の脳を(現実世界へと)拡張していく」ことが、僕にとっての「本を読むこと」なんです。

――とても新鮮に感じました。気になった箇所で立ち止まって調べることはあっても、同じ本を何周も振り返って読むような人はそう多くないと思います。

田村 そのせいで、哲学書に限らずほかの本、たとえば小説でも付箋を貼らないと読めなくなっちゃいました。付箋なしで本を読み進めてしまうと自分の足跡を残せないから、読みっぱなしになっちゃうみたいな恐怖があって……。

――付箋がないと本が読めないって結構大変じゃないですか? 読んでいて「周りに付箋がない!」ってなったら……

田村 それに気づいたら本を読むのをいったんやめて、付箋を買いに行きます。これで解決!

――なかなか強引ですね(笑)。ちなみにこれだけ多く付箋がついているのでお聞きしたいんですが、『知覚の現象学』のこの場所が良かった、というものを教えてください。

田村 それは、答えられないですね!

――!? どういうことでしょうか?

田村 1回書き込んだものとは別のバージョンを作りたくなって、同じ本を買ったりもするんです。気になる場所はその時々の研究テーマによって変わるので、1冊目とは別の場所に付箋を貼っているということもよくあって。だから、一言で「ここが一番面白かった」とは言いづらいんですよ。ちなみに僕の家には、『知覚の現象学』が3冊あります

――3周分の足跡が刻まれているんですね。 

▲この3冊以外にも、英語版とフランス語版の原著を持っている

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この記事を書いた人

チャンイケ

京都大学大学院修了のチャンイケ(池田和記)です。さまざまな学問・エンタメに関心があります。趣味:クイズ・ボウリング・ゲーム・謎解き・食べ歩きなどなど。

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