YouTubeチャンネル「QuizKnockと学ぼう」やECサイト「QurioStore」の立ち上げを行う傍ら、東京大学大学院では「哲学の研究者」としての顔も持つマルチプレーヤー・田村正資。
昨年(2023年)7月に博士論文の審査が行われ、結果は無事に合格。哲学で博士号を取得し、修士からおよそ8年続いた研究生活にひと区切りをつけました。
本日、自分の書いた博士論文の最終審査があったのですが、、、
— 田村正資 (@kaiseitamura) July 29, 2023
無事「合格」という評価をいただきました!!!
これで、、、
博士だー!!!!!!!
インタビュー後編は、田村正資がライフワークとする哲学に興味を持ったきっかけや、哲学がおもしろいと感じる瞬間などを中心に掘り下げていきます。
【前編はこちら】
東京大学大学院総合文化研究科修了。大学院では哲学者モーリス・メルロ゠ポンティについて研究していた。
今回の聞き手・執筆者。京都大学大学院工学研究科修了。大学院では高分子化合物について研究していた。
目次
◎ 哲学があれば「引きこもりの陰キャでも楽しく生きていける」 ◎ 「哲学を研究する」とは? 田村が挙げる2つのキーワード ◎ 読書は「脳を拡張する」営み ◎ 学問を究めて気づいたこと「ひとりじゃなにもできない」きっかけはアニメ? 田村と「哲学」の出会い
――そもそも田村さんが「哲学」という分野に最初に触れたのはいつ頃でしょうか?
田村 高校2年生ぐらいのときだったかな。元々アニメやゲームが好きで、いろいろ調べていると、 「作品ってこうやって解釈してもいいんだ」みたいな文章に出会ったりするんですよね。
――いろんな方が書籍やネット記事で独自の考察を残していますよね。
田村 たとえば、哲学者の
東浩紀:株式会社ゲンロンを立ち上げた哲学者・批評家。主な著作に『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』などがある。
――「別の知の広げ方」とはどういうことでしょうか?
田村 知っている単語を増やすんじゃなくて、ある物事の意味をいろいろな視点で捉える、ということですね。たとえば、(初期の)「スター・ウォーズ」シリーズは、ダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーの戦いを描いていました。作中でも明かされていますが、この二人は実は「父」と「子」だったんです。そこで、ベイダー卿を「父」に、ルークを「子」に読み替えて、「父と子の戦いの物語」としてもう一度「スター・ウォーズ」シリーズを考えてみる。そうすることによって、他にも「ラスボスが実は父親だった」作品と面白さを比較して楽しんだり、見ている人自身が父(または子)として親子関係を投影しながらもういちど楽しめるかもしれない。
田村 そんなふうに、中身は同じでも「捉え方」「言い方」を変えるだけで、作品が新しい顔を見せてくれたり、考察の幅が広がったりする。これまで見過ごしていたものを拾い上げて、物事の見え方が変わるような経験をしたことで「哲学や思想を学んだら、いろいろなコンテンツもより深く味わえるようになるかもしれない」と思ったんですよ。
――哲学というと小難しいイメージがあったんですが、それは毎日がちょっと楽しくなりそうですね。では哲学の中で、特に「これが面白い!」と思った分野はありますか?
田村 「言語の働き」ですね。初めて聞く言葉の組み合わせでも意味が理解できる、というところが特に面白いなと思っています。たとえば「空が泣いている」という表現。空は人間じゃないから泣かないんだけど、「泣く=水が落ちる=雨」と連想できるから、この表現を読んで「あ、雨が降ってるんだな」とわかる。
――確かに、言われてみれば不思議ですね。
田村 そこから「言語」という、自分が生まれた生活圏の文化をいつの間にか学び取って、それをクリエイティブに使うことのできる人間の知性のあり方に興味が出てきたんですよ。
田村 僕が専門にしているフランスのモーリス・メルロ=ポンティという哲学者や、彼を知るきっかけになった
加賀野井秀一:フランス文学、現代思想、言語学を専門とする哲学者。その他の著作に『20世紀言語学入門』『メルロ=ポンティと言語』などがある。
――それは気になりますね。メルロ=ポンティや「言語」については後ほどじっくりうかがいます。
「引きこもりの陰キャ」でも楽しく生きていける
――「好き」の域を超えて、本格的に哲学を専門にしようと思った理由は何だったんでしょう?
田村 これなら歳を食っても、大学にいなくても、一生できるものになると思ったからですね。
――「一生できるもの」というと、哲学的に物事を考えるのに、年齢や環境は関係ないということですか?
田村 もうちょっと噛み砕くと……さっき話したように、同じ対象をいろんな角度で見る」という哲学的なマインドさえ持っていれば、家でアニメを見ているだけの「引きこもりの陰キャ」でもコンテンツを深く味わえるんです。ずっと楽しく生きていくための手段として、より深く「哲学」を探究できたらいいなと思って今の道を選びました。
――素敵な生き方だと思います。でも、あらゆるものを哲学のフィルターを通して見ていると、いろいろ考えすぎてしまってコンテンツを楽しめなくなる、なんてことはないんですか?
田村 確かに、どんな視点で作品を見るべきか迷ってしまって、十分に作品を受け止めきれなかったなと思う瞬間はありましたね。哲学を学びたての頃は、何でも哲学でぶった斬りたいなあと思っていたので(笑)。
田村 でも今は、作品の良さを味わえるモードにうまく調整できている気がします。小難しいことを考えながら観られる映画も大好きなんですけど、ヤンキーの殴り合いがひたすら続くような映画も大好きで。そういう映画を見るときは、まず「ヒャッハーモード」で観て、観終わった後に小難しいことを考えるようにしています(笑)。
――「ヒャッハーモード」ですか(笑)。自覚的に「ヒャッハー」になれるのも、一度哲学的な見方を知ったからこそですよね。