物理は「絵」が描ければ理解できる
――こうした話を聞くと、ミニ四駆や自由研究の工作など、須貝さんは自分で手を動かしてものを作るところから物理を学ぶことにつながっていったんですね。
須貝 そうかもしれないですね。それでいうと高校の物理のときから、問題を解くのに「絵を描くこと」をすっごく大事にしてますよ。
――絵を描く?
須貝 問題設定の絵を描くんです。「ものが落ちる」という問題だったら、とにかく落ちるものを〇で描いて、そこから重力の矢印を描く。それしか設定がなかったとしても描きます。
▲おもむろに図を描き始める
須貝 式だけでも何も問題ないんでしょうけど、僕は自由落下の公式とかを全然覚えてないんですよ。
――えっ!
須貝 もちろん公式に当てはめれば解けますけど、それが現実に起こっていることと結びついていないと意味がないと思っていて。だから絵を描いたうえで解き始めるんです。
須貝 例えば、「ある角度、ある初速度でものを投げ上げました、何秒後に地面に落下するでしょうか」みたいな問題がよくありますよね。
――高校物理でおなじみの問題ですね。
須貝 だいたい文章で問題が書いてありますけど、絵にしてみれば、「ものを投げて遠くで落ちる」という現象自体は身の回りで起きることですよね。
▲たぶんこういう放物線を描く
須貝 問題が角度30°、初速度V0が20m/sだったとして、計算なんかしなくても実際にこの値で投げ上げて、ストップウォッチで測れば答えが出るんですよ。でもテスト中に外に行けないから渋々計算するわけですけど(笑)。
――渋々!(笑) でも、現実で起こりうるものではありますね。
須貝 そう、実際の絵がイメージできれば解決したも同然なんです。
現象を観測する「須貝くん」がいて、初速度を分解すると垂直方向がV0sin30°で、水平方向がV0cos30°になる。これは高校1年生のときに勉強する三角比なので、ただの算数ですよね(※)。
(※)須貝氏は高校までの数学を「算数」と呼ぶ。詳しくは「QuizKnockと学ぼう」チャンネルのこちらの動画をどうぞ。
▲手の上に描かれているのが観測者「須貝くん」
須貝 絵が描けたら速度と時間のグラフを描く。垂直方向の速度は最初は上向きなんだけど、一定の割合で速度が落ちていく。この速度が落ちる傾きは重力加速度のg ですよと。
▲縦軸は垂直方向の速度、横軸は時間
須貝 速度がここでゼロになるってことは、その点はこの絵にある放物線の頂点を意味してるなと理解できるわけです。
▲速度ゼロの状態が、物体が描く放物線の頂点に対応する
――絵とグラフを比べて見ることで、現実で何を意味するのかを対応させて考えるんですね。
須貝 最初に速度がV0sin30°だったものが、1秒あたりg だけ減速してゼロになるから、頂点までの時間はわかる。するとあと解かないといけないのは落下するまでの時間で、頂点までの時間の2倍です。それってただの算数じゃん。
▲赤線の長さを求めるだけ
須貝 なので、「物理が苦手だ」っていう人は、こういう絵を描けていないんじゃないかなって思います。物理は絵を描くところまでで、あとは計算。計算でつまづく場合は、算数の鍛錬が必要ですよね。
――ものが投げ上げられている運動のイメージを持つことが物理。
須貝 そうそう。「持っているものから手を離したら落ちる」っていうことを知らなかったらイメージできないんで、これを知ることが物理ですよね。でもあとは算数なんです。
だから絵を描くことは飛ばさないでほしいですね。「牛刀をもって鶏を割く(※2)」じゃないですけど、僕はどんな簡単な問題でも絵を描いてました。
(※2)牛刀をもって鶏を割く:小さな鶏を割くのに牛を切る大きな包丁を使うように、小さな物事を処理するのに必要以上の手段を用いることのたとえ。最近の例でいうとこれ。
▲物理とは「手を離したらものが落ちる」という重力の性質を知る学問
須貝 あとこれにプラスして、観測者も描くようにしてます。
――観測者というのは?
須貝 起こっている現象をどの視点から見るかということですね。これは高校2年生で物理の授業が始まったときに、先生に「観測者を必ず描きましょう」って言われたんですよ。まぁ、当時は意味もわからず真似してたんですけど。
▲観測者「須貝くん」が重要……!
須貝 観測者を描く理由がわかったのが高3になったときで、物理は観測者によって現象が変わるんですよね。例えば、ぐるぐる回る遊具みたいなものに乗っていると、乗っている人はあたかも遠心力という、外側に引っ張るような力が自分にかかってるように感じるんです。でも、それを外から見てみると、乗っている人には外向きに引っ張る力なんて微塵もかかってないんですね。
▲「須貝くん」はどこにいる?
須貝 もっとわかりやすい例で言うと、駅のホームにいる人から見ると、電車の中の人が電車ごと動いてるように見えるけど、電車の中の人から見るとホームにいる人のほうが後ずさっているように見えますよね?
▲どちらの「須貝くん」から見るかによって現象が異なる
須貝 それが、観測者によって現象が違うっていうことで。だから観測者を描くのは大事なんです。
――まず、どの視点から観測できる現象なのかを整理するということですね。
須貝 絵を描いて情報を整理して、誰から見えてる現象なのかを意識したら、ちゃんと正しい式が立てられるよっていうのは、高校からの物理で大事なんですよね。
――やはり改めて、手を動かしてものを作ったり、イメージを自分の中でちゃんと固めたりすることが、物理を理解するために重要なプロセスなんですね。
須貝 そうですね。やっぱり「物理」って「絶対そこにある」ものなんですよ。
だってここにコーヒーの入ったコップを立てて、倒しちゃうとコーヒーはいつでもこぼれますよね。こんなん絶対「物理」に決まってるじゃないですか。コップの中に入っているコーヒーが重力に引っ張られて、デーンと落ちると。
▲「物理」とは「そこにあるもの」
須貝 物理って、ものにはたらいているルールはなんだろうなって考える学問だと思っています。だからあんまり特別視して、式だけしか考えないみたいなことはナンセンスなんですよ。学校で学ぶ物理が、現実に起こっている「物理」と切り離されたものじゃないと心得ておくのは、大事だと思います。
前編では須貝さんの「物理」との出会いから、学問としての物理と現実をひもづけて考える大切さを聞きました。次回は須貝さんが物性物理、超伝導を研究するまでの経緯などを深掘りしていきます。
【中編はこちら】
▲須貝駿貴、ふくらP、鶴崎修功の「物理大好き軍団」が物理について語る動画もどうぞ!
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