連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
雨の新宿西口は、いつもスモーキーなほどに蒸していた。
学生時代の通学路だった西口地下街は雨がふると湿気が溜まり、京王線を降りて丸ノ内線に着くころには冬でも汗だくだった。灰色に濁った床の雨水が、憂鬱を増幅させる。
「新宿は豪雨」、イントロが自然と頭に流れる。東京事変『群青日和』が似合う通学路だった。
私と同世代なら、カラオケの定番曲として耳にしたことがあるだろう。MVの最後、はにかむ椎名林檎を見たくて、みんな演奏停止を押さなかった。
銀色に輝くデューセンバーグと、上気したマットな頬のコントラストが美しい。何度聴いても、見ても飽きない珠玉の名曲である。
名曲の、どうしても気になる「あの論理」
しかし、好きな気持ちと同じように、少しのモヤモヤもまた聴く度に膨らんでいった。
……というのもこの曲の主人公、結構非科学的なことを言ってるのだ。
主人公は、おそらくいい関係の「あなた」に対して、こんなことを云う。
「泣きたい気持ちは連なって冬に雨を齎(もたら)している」
東京事変『群青日和』(作詞:椎名林檎)
……いやいや、んなわけなくない??? 現代の気象に関する見地からは明らかにおかしいことを言っている。
それに対し、「あなた」は興味がないのか、大人なのか、こう応えるのだ。
「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」
東京事変『群青日和』(作詞:椎名林檎)
なんだかかっこいい返しだ。まあでもこれ、もう「嘘だ」って言っちゃってるけどね。実際、主人公はこの受け答えに関しては否定的である。
しかし、私は知っている。「いや普通に、低気圧が東京上空にあるからだろ」というマジレスは無粋で、これもまた怒られるということを。
本当に大切な人だったなら、その哲学や言葉全てを守り通したい。多少突飛な意見でも、擁護しなければならないのだ。後が怖いのだ。絶対刃向かえないのだ。
戦略は、ここから決めます
ということで、愛ゆえのエビデンス集めをはじめよう。
泣きたい気持ちが連なった日に、雨がふる。これを証明すれば良い。
▲これが仮説である
手っ取り早いのは、「特に泣きたいこと」が起こったときの天気を調べることだが、泣きたいかどうかは人それぞれであり、事実ヘの線引きが難しい。
逆に、「雨が降ったときに泣きたそうなことが起こったか」を見ていけば、幾分ステップを簡略化できるだろう。
▲こっちは確かめられるかもしれない
「連なって」の解釈も考えたいところだ。長い期間積もり積もって冬に雨をもたらすのか、それとも色々なところから集まっているのか。
ここは、Cメロを根拠にこの歌詞のタイミングが「12月」、つまりは冬だと察せることから、短いスパンの話と見て「様々な人の泣きたい気持ちが連なる」説を採用しよう。
多くの人が泣きたい気持ちになったかどうか、これが降雨の引き金だ。乾燥した冬、ただでさえ東京の雨は少ない。相当な人数が泣きたくならなければ、傘は引っ張り出せないだろう。
▲確かに雨降ってない
今回は、東京・新宿の人を近似できそうな「Twitterトレンド」を参照し、その日のトレンド上位20個をひとつの判断材料としたい。
本当は曲がリリースされる直前の2003年で検証したいのだが、当時の「泣きたいこと」の資料が乏しいので、2022年から2023年で見ていこう。
ということで、この期間3カ月の新宿(東京)にまとまった雨が降ったタイミングを調べてみた。
ハードな調査だが、愛の為ならなんのその。意地でも肯定して、ちゃんと教育してやるぜ!