連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
ジメジメした季節になると思い出すのが、学生時代の安アパートである。
風呂トイレ別であることに惹かれた東松原の部屋は、玄関にある隙間5mmのせいで天気予報いらずだった。
朝、起きた瞬間に感じる、大気の湿り気。乾かない部屋干しの洗濯物。隣家に密接した一階のワンルームには、空気の入口はあっても出口がなかった。
6畳弱、ロフト付きで5万7千円ならやむなしの条件だが、どうにもそこに暮らすうちに気持ちも沈み込んでいった。この部屋に住んだ2年間は、人生で最も人に会わなかった期間でもある。
家は、名刺のようなものだ。部屋の規模や空間の使い方などに、住人の人格や現状が表れる。どこにあるどんな部屋で、どんな景色か……そこに、多くの情報を見て取れるだろう。
その証左足り得るのが、Mr.Children『雨のち晴れ』に出てくる「1DK狛江のアパート」というワンフレーズである。
小4の伊沢に刺さった「狛江のアパート」
Mr.Childrenは小学生の私が初めて本格的にハマった邦楽のアーティストである。ベスト盤(通称『肉盤』)をMDプレーヤーで何度もリピートしていたのは小4のころだ。
恋愛を歌った曲の多い初期と比べて、90年代中盤はリアリティを追求した詞が多い。『everybody goes-秩序のない現代にドロップキック–』『シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜』あたりが有名だが、その極致に『雨のち晴れ』はある。
その歌詞は徹底して具体的だ。主人公は職場で浮いた存在になっている、若手だけれど新人ではないサラリーマン。恋人には3カ月前に出ていかれ、新人のマリちゃんはどうにもつれない。うまくいかない仕事、親からの結婚へのプレッシャーなどに苛まれるが、どうにか希望を捨てないよう自分に言い聞かせている。
そんな描写の一端として登場するのが、彼の賃貸情報「1DK狛江のアパート」だ。
「お前って暗い奴」そう言われてる 幼少の頃からさ
1DK狛江のアパートには 2羽のインコを飼うMr.Children『雨のち晴れ』(作詞:桜井和寿)
その徹底したリアルは、小学生の私にも「1DK狛江のアパート」=「くすぶっている」感を文脈で理解させた。メジャーな楽曲とは異なるアプローチでも、その描写力で理解させる力は桜井和寿ゆえのものである。
「狛江」という街
そもそも「狛江」は東京にある市で、特に狛江駅周辺が歌詞で言うところの「狛江」だろう。小田急線で登戸駅のちょっと手前、東京と神奈川の境目だ。
歌詞のモデルとなったMr.Childrenのドラマー・鈴木英哉(通称JEN)が住んでいたことが「狛江」採用の由来なのだが、このチョイスがまた絶妙である。
▲狛江駅周辺
周辺の街と比べてみよう。小田急を新宿方面に進むとすぐ出てくるのが、高級住宅街にある成城学園前だ。そこから学生街の経堂や千歳船橋へと線路は続く。ドラマ『silent』の舞台である世田谷代田、サブカルの聖地・下北沢を経て、新宿へと到着。どこも活気にあふれる街だ。
▲成城学園前駅
一方で逆方面へと進めば、人気の住宅街・登戸がある。高級というよりは落ち着いた住環境が売り。以降も神奈川県側の駅は住宅街としての性格が色濃くなる。
▲登戸駅
活気と落ち着き。その境界線に、狛江はある。
新宿から30分、東京都内だが、緑豊かで落ち着いた住宅街。でもファミリーばかりでも、学生ばかりでもない。家賃相場も普通。誤解を恐れず言えば「何者の場所でもない場所」、それが狛江なのだ。
ならばこそ。何者かになりたい主人公は、現状打破のためにも狛江から羽ばたくべきではなかろうか。
さぁ、旅立ちのときは今。引っ越しである。
伊沢が理想の住まいを探します
▲「彼」の引越し先を探そう
新しいドアを開けて進むためには、どこに住むべきか。
不肖私、都内で4度ほど引っ越しを経験してきた身だ。人生の先輩として、きっと力になれる。今日ばかりはクイズプレーヤーではなくライフプランナーとして、人生を変える新天地を探そう。任せとけって、俺FP3級持ってるしたぶん大丈夫。