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「滅」探しの旅路は、歌詞の「果ての果て」まで

どうにもこの「滅」を捕まえるには、一字のみに注目していてはうまくいかなそうである。

むしろ、「何かが消える」という意味を素直に捉えたうえで、「何が消えるのか」という目的語を探しに行くのが良さそうだ。

ああ消える……」

現代文でも英文解釈でも、言葉の関係性を見るならば、まずは原文を丁寧に読むべきであろう。そして、できることなら傍線部の近辺から探していくことが、文同士のつながりを前提に考えるうえでも適切だ。歌詞に立ち返ろう。

マジ ぎゅんぎゅんぎゅん 好きすぎて滅! 心拍数はみるみる上昇中

M!LK『好きすぎて滅!』(作詞:MUTEKI DEAD SNAKE)

滅が発生する際、起こっていることがふたつありそうだ。

・何かが「ぎゅんぎゅんぎゅん」となっている。これが擬音語なのか、擬態語なのかはわからない。

・心拍数がみるみる上昇している。すなわち、何かが急速に変化して、その結果として心拍数が上昇していると考えられる。

この状況で「好きすぎて(何かが)滅」が起こっている。シチュエーションベースで考えていくことにより、何が消えているのかが理解できそうである。

となると、アプローチすべきは「心拍数」からだ。ぎゅんぎゅんぎゅんよりは範囲が狭く、科学的に取り組めそうである。

心拍数の動きは「増加 / 減少」の二択であるからして、上昇中になるシチュエーションは多岐にわたる。

運動中、入浴、食後、緊張、興奮、怒り、発熱、脱水、寒暖差、貧血、不整脈などなど。特に、「みるみる上昇」する場面は、運動中や極度の緊張、疾患などになるだろう。

運動中などは、わかりやすく「好きすぎ」シチュエーションが発生しやすい。

足が速いことがモテステータスであったあの頃、ぎゅんぎゅんぎゅんと加速していく人に惹かれたことはきっとあるはずだ。「心臓持たない」ほどに走っても、なお追いつけない徒競走。「ずっとそばにいて」と願っても、差は開くばかりだ。

▲「リレーの選手」という肩書きが、お金や学歴の何倍も価値を持っていたあの日

しかしながら、大事なのは「何が滅するか」ということ。さすがに運動会で何かが滅するのはよろしくない。そもそも日常ベースの(古典力学で考えられる)状況であれば、質量は保存され、「消える」ということ自体がそうそう起きないだろう。スケールを大きくして考え直すべきだ。

もう少し、歌詞の捜索範囲を広げてみる。どこかに心拍数が増加する要因があるはずだ。

すると、後半に興味深い一節を見つけた。

宇宙の果ての果て 僕らは巡り合い

M!LK『好きすぎて滅!』(作詞:MUTEKI DEAD SNAKE)

これだ。あまり具体的なことが書かれていなかった「好き」のきっかけについて、ここではかなり具体的な位置情報が述べられている。「宇宙の果ての果て」……なんということだ。

愛は地球を超えて

そもそも、「宇宙の果て」がどこか、という質問に答えるのは難しい。

宇宙には「われわれから観測できる範囲の果て」と「実際の空間としての宇宙の果て」のふたつが想定できる。そして、そのうち、後者については「果て」を考えることが難しいとされている。膨張する宇宙には果ても中心もなく、風船を膨らますかのように2点間の距離が伸びるという形で「膨張」が起こっている。

▲膨張する宇宙は「風船」に例えられる

つまり、歌詞で言うところの「宇宙の果て」は、前者、つまりわれわれから観測できる範囲の果てのことになる。当然ながら、地球から遠く遠く離れた場所のことであり、地球のことではないのだろう。

まだギリギリ、「異星人Aが、観測範囲ギリギリに位置する緑の星・地球の恋愛を想って作詞した」、もしくはそういうシチュエーションに入り込んで地球上で作詞された可能性は考えうる。

作詞を手掛けたMUTEKI DEAD SNAKE氏がかつて「宇宙慧」「Uchu Satoru」名義で活動していたことを考えるとありえなくもない……が、異星人が地球人視点で書いているのなら、地球を「宇宙の果ての果て」と書いてしまうのは明確なミスだ。

「四六時中」という24時制を想定した四字熟語や、地球人口を80億人だと把握できている前提で、Aの地球知識はかなりのものだ。そんな識者が、地球の位置についてだけ異星人視点で語ってしまうというミスを犯すはずがない。さすがにこれはないだろう。

作詞者が宇宙人だとしたら地球に詳しすぎる

ようやく確定的な事実が出てきた。この歌詞で想定されているのは、空間的な広がりだ。すなわち、地球は宇宙の果てとは言えず、つまりは主人公たちは地球以外のアウタースペースで出会っているのである!!

宇宙空間において、速いとはいえ正常な心臓の拍動が保たれているということになると、さすがにこれは「地球から遠い場所の、宇宙船ならびに施設の中、および船外活動中」であることが考えられる。空気に守られている、ということだ。

鳥越成代氏の「スペースシャトルの中の運動」によると、宇宙船の無重力下では血液が体内で均一になるため、下肢方向に依る地上に比べると心臓近くに血液がある状態だと言える。おそらくは、心拍は地上以上に安定するだろう

しかし、宇宙の果ての果てに行くというシチュエーションを想定するなら話は変わってくる。宇宙船の乗員は、発射時や船外活動時、心拍の上昇が起こるのだという。緊張感のある場面、宇宙船がぎゅんぎゅんぎゅんと加速しているのなら、それはドキドキもするのだろう。

そこで働くのが「吊り橋効果」だ。不安や緊張で感じたドキドキを、恋愛感情から来るものであると勘違いしてしまう心理効果である。

「吊り橋効果」、有名だが学術的な信頼性はかなり低いので注意。

1974年に提出された吊り橋効果に関する論文は学術的な信頼性の低さがかねてより指摘されているが、流石に少人数での宇宙版奥の細道、二人の間にドキドキの愛が芽生えるシチュエーションとしては心理学なんて関係なく妥当であろう。

光速を超えた量子の機微により宇宙の果てへとたどり着いた二人、母星とはあまりにも違う世界に、ノンフィクションだと言い切れるものはもはや、この船と、キミの存在だけだ。

大きな宇宙服は首の挙動を制限し、物理的制約でもって僕だけのカメラロールへとキミを収める。周辺何万光年の孤独にあって、ただひとりキミだけがたしかに存在しているのである。

そこにあるものは愛。生きるためのメラリとした愛。漆黒の虚空に、希望となる寄港地がキラリときらめいたとき、生きる希望が湧き出すさまはまさにLIVE……そう、ここに歌われているのは、 長大にして偉大なるスペースオペラだったのだ!

そう、「滅」は「破滅」の滅。深く愛しあうが故に、誰もいない宇宙の果てに到達しお互い以外のすべてを遠ざけた二人、行く末はブラックホールか、隕石の衝突か、はたまた永遠という牢獄か……破滅的恋愛を、それでも二人は続けていく。愛し合う二人が、事象の地平線にたどり着くまで…………。

過ぎたるはなお及ばざるが如し、そうは言うけれども、振り切ってしまったものの力は惑星の重力より強い。好きすぎる二人の目には、ダークマターすら輝いて見えるはずだ。


伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は不定期連載です。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。

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執筆:伊沢拓司
編集:石田武蔵
校閲:菜葵

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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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