連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
仕事柄日本全国を飛び回っている。この2年、直近の予定も合わせると訪れた都道府県は45に達した。和歌山と島根はごめん。
ほとんどは業務内での訪問なのだが、旅行好きとして自分から赴いた場所もある。直近で言えば北海道にあるサロマ湖だ。
▲撮影:伊沢
暑で密な東京とは大違いの、涼と疎の地。何キロも続く砂嘴を、突端の灯台へと歩む。海と湖の間を渡る風が涼やかだ。周囲数キロ、人は自分しかいない環境。たまらなく心地よかった。
大都会東京は、あまりに居心地が悪い。自分という人間の境界線がなくなりそうな感覚に陥るのは、暑さで溶けているのか、街が大きすぎるせいか。
区別がつかないほど多くの人が都会に溢れていても、素晴らしい出会いは一握りだ。それをストレートに歌い上げたのがレミオロメンの名曲『粉雪』である。
熱唱必至のサビこそ超有名であるが、すれ違う恋人同士の気持ちを歌うAメロBメロもまた、ストレートな詩が素晴らしい。
僕は君の全てなど知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど本気で思ってるんだレミオロメン『粉雪』(作詞:藤巻亮太)
「一億人から君を見つけた」、誰よりも愛していると誓う上で、これ以上の口説き文句もなかなかない。たとえ大仰だとしても、そう言い切ることが必要な場面は確かにあるのだろう。
……とはいえ、いささかデカすぎやしないだろうか。
日本の人口のほとんどを確認、選別するというのは並大抵の労力ではない。ましてや若者のラブソング、20年30年の人生でそれだけの人数を、果たして選びきれるのだろうか。
「1億人から選んだ」と言えることがどれだけすごいことなのか。愛の大きさを知るためにも、定量的に再確認したい。
20代で1億人と出会うには
まず、問題を単純化しよう。主人公のこれまでの人生の長さを、10,000日と仮定する。年齢に直すと27歳と半分弱だ。
その上で、人生の10,000日目に1億人と会うことを達成するなら、1日のノルマは10,000人だ。来る日も来る日も1万人と会わないといけない。これは、両国国技館や日本ガイシホールのキャパと同じくらいだ(愛知県民用たとえ)。
▲なじみのあるほうでどうぞ
そこで生まれた日から毎日ライブをやって、ようやく1億人である。もちろんリピーターは入場禁止。となるととても現実的ではない。お釈迦様ですら生まれてすぐは「天上天下唯我独尊」しか持ち曲がなかったのだ。素直に諦めよう。
今の時代、なにもそこまで頑張る必要はない。デジタルの力を借りれば、人とのフィジカルな距離は十分短縮できる。
SNSのフォロワー数を使えばいいのだ。
この時代だからできる1億人との出会い方
1億人をフォローするか、1億人にフォローされるか。単純に考えると、これが手っ取り早そうだ。
しかし、前者はシステム的に意外と難しい。1日にフォローできる数には規制が働くのだ。
Twitter(Xを便宜上Twitterと呼ぶ)の場合、1日にフォローできる人数は、認証済みアカウントでも1,000人。10万日かかるので……達成するのに280年。Instagramはもっと厳しく、総計7,500人を超えてフォローするということ自体が仕様上不可能である。
▲奈良県宇陀市の「又兵衛桜」は推定樹齢300年ともいわれています
となるとやはり、1億人にフォローされる方が手っ取り早いだろう。
Twitterのフォロワーが1億人を超えている人は、世界に10人もいない。リアーナ、クリスティアーノ・ロナウド、ジャスティン・ビーバー、バラク・オバマ、そしてイーロン・マスクら。彼らは堂々と『粉雪』を歌ったら良い。
Instagramの場合はもう少し増えるが、いずれも劣らぬアメリカのセレブリティばかりだ。
じゃあフォロワーを増やすべく、有名人になる……ってレベルではない。流石にこれは無理だ。フォロワー増やすのって大変なのね……俺は身に沁みて知ってるけど。
そもそも彼らが「一億人から君を見つけたよ」と歌い上げるのは高級ホテルのスウィートだったり、貸し切ったゴージャスなプールだったりであって、人混みに紛れはしないだろう。そんなラグジュアリーシチュエーションなら、この曲の良さが台無しである。
▲あまりにラグジュアリー
やはり、地道に人探しをする必要がある。人の集まるところで、なんとか効率よく相手を見つけていきたい。