みなさんは「短歌」のことを知っていますか。
五・七・五・七・七の合計三十一文字で表される伝統的な定型詩は、百人一首の時代から現代に至るまで、多くの人の心を突き動かしています。特に近年、SNSの流行や若手歌人の増加に伴う「短歌ブーム」が訪れており、身近に短歌を詠む人が増えてきた印象を受けます。
今回お話を伺ったのは、第一歌集『4』を上梓された歌人・青松
目次
青松輝と『4』
歌集に込めた「きみ」への思い
――歌集のご出版、おめでとうございます! 出版のきっかけについて教えてください。
青松さん 去年ぐらいに出版元のナナロク社の編集者である村井さんとしゃべる機会があって、僕の短歌を「いいですね」と褒めてくれたんです。そこから歌集執筆のお声がけをいただき、今に至ります。
ナナロク社:2008年創業の出版社。歌集を主に取り扱っており、木下龍也、岡本真帆などの歌集の刊行で知られる。
――なるほど。売れ行きは好調、ネット上でも大きな反響を呼びましたね。
青松さん 本当にありがたいですね。歌を詠み始めた当初から、自分の中の最終的な目標として「本を作って残すところまでいきたい」というのは固まっていました。読者に広く届けるためには、「本」という形式はやはり必要なので。
――自分もこの歌集を大変楽しませていただきました。特にお気に入りの短歌があれば教えてください。
青松さん そうですね、自作の中でもこの短歌は印象に残っています。
僕のさいしょの恋愛詩の対象が、いま、夜の東京にいると思う
ーー青松輝『4』
青松さん 「『4』には恋愛の短歌がたくさん入っていますね」と読者の方に言われることがあります。それは、僕自身が恋愛をするのが好きだからでもあるんですけど。恋人とか家族とか友人とか、実在する人に宛てて短歌を書きたいと思うタイプなのもあって、この短歌は当時の恋人のことや、その時抱いていた「好き」という感情について考えて作りました。
――素敵ですね。「さいしょの恋愛詩」について、詳しく伺いたいです。
青松さん 例えば短歌で「あなたのことが好きですよ」ということを伝えたいと思って、恋の短歌を書くとします。でも、それは瞬間の感情に過ぎない。また別の恋人ができたとするならば、新しい歌を作るだろうし……。だから、その都度、その都度で、僕の書いてる恋愛詩の対象は同じ人ではない。一生同じ人のことだけを愛して、ずっと付き合って、結婚して、みたいな恋愛だったら分からないですけど。
――そのような意味が込められていたんですね。
青松さん 言ってみれば、僕の恋愛の短歌に出てくる「きみ」は、そのときによって違う人を指しているかもしれないですよね。でも、この歌を書くことで、そのとき目の前にいる「きみ」を、「最初の恋愛詩の対象」ってことにしてしまおう、と思ったんです。
青松さん ほかに印象に残っているのは、これです。
おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃって生きてたらはちゃめちゃに光ってる夏の海
ーー青松輝「第三滑走路」7号
青松さん これはマジで、7秒ぐらいで書きました。発表した時「短歌ってこんなもんですよね」「まあ、ちょっと僕も忙しいんで、こんぐらいで」みたいな
――そんなことがあったんですね。
青松さん 当時はまだYouTubeを始めていなくて、短歌界隈の知り合いは少なかったんですけど、何人かの先輩歌人から「そんな態度の作品を書くなら、やめてしまえ」と言われて、さすがに落ち込みましたね。でも、本当になめているというわけではないんですよ。自分の中では、7秒でこの歌が書けてしまったことに対する戸惑いがありました。
青松さん でもこの歌、最近褒められるようになったんですよね。作家目線、「こんなので大丈夫かな」「こんなにシンプルでいいのかな」という不思議さがあるんです。この歌がポピュラーになったのは、自分の創作の感覚に強い印象を残しましたね。
『4』の意味は自分次第
――どうして『4』というタイトルにしたのですか?
青松さん まず、自分の歌集を「短歌」というジャンルの持つイメージと違うところに置きたかったんですよね。例えば2010年代の歌集って『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ(木下龍也、岡野大嗣/ナナロク社)』や『花は泡、そこにいたって会いたいよ(初谷むい/書肆侃侃房)』のように、生活感の匂う、少し長めのタイトルがついているものが多いんです。僕は自分の作品を、そういう潮流とは別の場所に置きたかったんです。もっとシャープでソリッドなものを作るために、まずはひとことで表せるタイトルを目指しました。
――読み手の解釈を広げる不思議な題名ですね。自分は「『死』をほのめかしているのかな」と考えました。
青松さん タイトルに込められた意味に関しては、みなさんの想像におまかせしたいかなと思うんですけど、全然「死」という解釈は外れていないですね。そこまで意識していなかったですけど、本を出してからは「詩」と言われる時もあります。
青松さん あとは、数字が持っているデジタルの質感も好きで。「4」という数字って、情報量が極端に切り詰められてるわけじゃないですか。作者の僕がそれをタイトルにした時、「好きに解釈してほしい」と受け取る読者がいる一方で「このタイトルを解釈するな」と捉えることもできる。
――180度異なる立ち位置が両立し得るということですね。
青松さん 読者がどう思っているかはわからないですけど。言語の持つシンプルな「物質性」と、意味を伝達する「手段」としての言語。「4」という数字自体がオブジェになっているのか、それとも「4」という数字は解釈を載せる乗り物に過ぎないのか。その揺れが面白いと思って選びました。
――装丁も素敵で、オリジナリティを感じます。
青松さん これ、決まるまでに結構悩んだんですよ。ナナロク社って、結構装丁にこだわる出版社さんなんですよね。
青松さん これまでのナナロク社の装丁の根底には「生活感」や「あたたかみ」といったイメージがあると思っていました。カバーのラインナップも暖色系が目立ったので、『4』はあえて色味の異なる寒色系を提案しました。普通とは違う、ヒヤッとした、シャープなものを目指したかったんです。
常に身近にあった「創作」
――短歌はいつ頃から始められたんですか? もともと創作分野に興味があったのでしょうか。
青松さん 始めたのは確か、大学1年が終わる頃でしたね。そこから半年ほど経って、短歌を真剣にやりたいと思うようになりました。森慎太郎くんの存在はとても大きかったです。彼とは短歌ユニット『第三滑走路』を一緒にやっています。
青松さん 元々自己表現には興味があって、音楽やお笑いが好きでした。「表現」というとどうしても「照れ」が邪魔してくる領域で、なかなか踏み出せなかったんですが、僕の場合不思議なことに、競技性があると頑張れたんです。
――他者と競い合うのが好きだったということでしょうか。
青松さん はい。高校生の頃に文化祭で漫才をしたことがあったんですが、それは「文化祭でウケるために」やっているという競技性のおかげで照れなくできました。大学に入った時に、音楽やお笑いをもっと真剣にやりたいと思ったんですけど、サークルに所属して「創作をやってる人」になるのは少し恥ずかしくて。
青松さん 短歌にハマったのは「東京大学Q短歌会」への参加がきっかけです。森くんに誘われて行ってみたら、とても興味深い世界が広がっていて、驚きました。「五・七・五・七・七」という明確なプラットフォームがあるじゃないですか。そこに言葉をはめて、歌会に参加して、また別の短歌を詠む。それを繰り返していくことで、己の創作がブラッシュアップされていくのを感じました。クイズでいうフリバみたいな競技性が、創作や表現にのめり込む恥ずかしさを紛らわせてくれたんです。
歌会:短歌会や結社でしばしば行われる、歌を楽しむための集まりのこと。自作の短歌を無記名で持ち寄り、それぞれの歌に対して感想などを言い合う。
フリバ:フリーバッティングの略称。クイズの練習形式のひとつで、簡単にルールを決めて早押しクイズを繰り返すことを指す。
――個人的に気になったのですが、青松さんは普段どのように短歌を詠まれていますか。
青松さん なるべく制作環境がランダムになるように心がけています。昔はノートを持ち歩いていたんですけど、今はアイデア出しのメモをスマホのアプリで一元化しています。
――とても現代的ですね。
青松さん 清書する際には、紙とペンで書くときもあれば、MacBookを使うときもあります。環境をひとつに固定してしまうと、自分にはわからないレベルで偏ってしまう怖さがあるので。
自由に読んで、自由に楽しんで
――『4』の読者に対するメッセージをお願いします。
青松さん 特にないですね。気軽に、自由に読んでほしいです。とりあえず一周してくれれば(笑)。もちろん欲を言えば、死ぬ気で読んでほしいですけど。死ぬ気で書いてるので。あと、フォロワーが多い人は、ぜひオシャレな感じでSNSにあげてください(笑)。
――読者の中には短歌の楽しみ方を詳しく知らない人もいると思いますが、率直にどう読んでほしいですか?
青松さん 短歌の人にしかわからないルール、共有事項めいたものはおそらくこの歌集にも適用できるんですけど、あまり気にしなくて大丈夫です。とにかく自由に読んでほしいですね。例えば音楽ひとつとっても、音楽家同士だったら「この音はこういう意味だよね」「このコード進行っておしゃれだよね」という話になるかもしれないけど、わからなくても音楽って素晴らしいじゃないですか。そういう風に楽しんでくれたら嬉しいです。
――作者の方にそう言われると、肩肘張らずにページをめくれそうです。
青松さん ただパラパラと見て「なんとなくいいな」でも、単語レベルで拾って楽しんでくれてもいいんです。なんとなくこの単語は目につくな、知らない単語・面白そうな単語が出てきたから調べてみようぐらいなところから始めてくれても大丈夫です。『4』をきっかけにそういう思考が面白いと感じてくれたら、ほかの歌集でもやってみてほしいです。
――目を引く単語がいくつもあり、ページをめくるのが楽しかったです。自分の中では「ブラック・マジシャン・ガール」という言葉が印象的でした。
冷房の効いてるところ独特の匂い ブラック・マジシャン・ガール
ーー青松輝『4』
ブラック・マジシャン・ガール:高橋和希の漫画『遊戯王』に登場する、魔法使い族のモンスター。主人公の武藤遊戯が使用し、その可愛らしいイラストから現在もファンが多い。
青松さん 楽しんでほしくて「ブラック・マジシャン・ガール」を入れてみました。作者もどこにフックを作るか悩みながら、頑張って作っているので、1個でも引っかかってくれたら本望ですね。
――――いろいろな作品の引用の破片が散らばっていますよね。
青松さん そうですね、単純に飽きさせたくないので。
――現在、世の中に「短歌ブーム」が起こりつつあると思います。いろんな人が短歌を始めることについてどうお考えですか。
青松さん 僕は大賛成です。人が増えないと、いいものも出てこないですから。フォロワーが「青松さんに影響されて短歌初めて作ってみました! 評価してください!」とDMで送ってきたことがあって、そういうのは「ナメんなよ」って思いますけど、全体的にはいいことじゃないですかね。しょうもないことからでも、1歩踏み出してくれたら本当に嬉しいですよね。それだけでいいんじゃないかな。続けてくれる人は、そこからずっと短歌を詠んでくれるかもしれないし。
――実際に始めてくれるひとがいるのは嬉しいですね。
青松さん はい。あと、この歌集はエッジが効いているので、ある程度ポップなラインを攻めてくれてる人がいるおかげで出せたみたいなところがあるんですよ。ブームになっているからこそ、僕みたいな作風でも今日呼んでもらっているわけですから、どんどん盛り上げていきたいですね。