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極北圏のあやとりは「教科書」だった

極北圏の人は寒いところに住んでいて、冬は外に出られないので、お年寄りが孫にあやとりを通していろいろなことを教えていたそうです。

つまり、あやとりは教科書だったんです。ツバルにも潮の満ち引きを表現するあやとりがありましたが、極北圏のあやとりはほとんどに物語がついていますね。
どんな物語があるんですか?
たとえば、これは白鳥。「静かな湖で気持ちよさそうに泳ぐ白鳥を、猟師が捕まえようとやってきます。白鳥は逃げ、湖には白鳥が飛び立った後の水の輪が残されています」というようなお話があります。

▲白鳥のあやとり。白鳥が飛び立った後の水の輪は、あやとりを解くことで表現される

出来たあやとりをほどく動きにまでストーリーがついているんですね! それにしても、いままでのあやとりと比べると、すごく複雑で難しそうですね……。
じっくり考える時間があったからこそ、難しいあやとりが生まれたんじゃないでしょうか。

寒く長い冬の夜に、おじいさんやおばあさんが孫たちにあやとりを見せながら、物語や生きていくのに必要な知識を学ばせていました。学校なんですよ、あやとり
あやとりって遊びだけじゃなくて、教育そのものだったんですね。
イヌイットのあやとりに、私が一番好きなモチーフがあるんです。「耳の大きな犬」です。見えますか?

▲野口さんのお気に入りという「耳の大きな犬」

ここを引っ張ると動くんですよ。わんわんわんわん……。

▲おおおおお!

動いた!
また戻して、こうすると、走る

▲わんわんわん!

走った!
ねぇ、可愛いでしょう? 「耳の大きな犬」はあやとりマニアの中で一番愛されてるあやとりなんじゃないでしょうか。可愛いからね。

みんなどうやったら可愛くできるかいろいろ研究していますね。
確かに可愛いですね! 私もお散歩させたいです。でも、やっぱり難しそう。

日本のあやとりは「俳句に通じる」

ここまで世界のいろいろなあやとりを教えていただきましたが、日本のあやとりにも特徴はあるんですか?
以前、国際あやとり協会の海外の方がおもしろいことをおっしゃっていたんです。

その方が言うには「日本のあやとりは俳句に通じるところがある」と。
俳句ですか。
日本のあやとりは子どもの遊びとして浸透したので、平面的で、取り方が非常に簡単なんです。

一方で、俳句は短い言葉で表現するでしょう? シンプルながらも、独自の表現が広がっているところに俳句と近いものを感じたんじゃないでしょうか。

▲日本のあやとり「富士山」。さっきの「火山」と比べると、確かに平面的で簡単そう

日本のあやとりは初心者でもとりやすいので、国際あやとり協会の検定では初級の課題としてたくさん使われていますよ。
逆にいうと、海外のあやとりは必ずしも子ども向けじゃないってことですか?
そうですね。オセアニアや極北圏などでは、新しいあやとりは主に大人の男性たちによって考案されていたので、難易度の高いものが多くありました。もちろん子ども向けのものもたくさんあります。

▲あやとりをするパプアニューギニアの人たち

子どもの遊び、特に女の子がする遊び、というイメージが強いので驚きです。そう思うと、あやとりは世界中で幅広い世代から愛されているものなんですね。

日本のあやとりは「大人の遊び」から始まった

世界のいろんなところで伝承されているあやとりですが、日本に伝わったのはいつ頃なんでしょうか?
確実なことはよくわかりませんが、江戸時代初期、外国との交流が始まった頃に、お茶などと一緒に外国から入ってきたのではないかといわれています。

最初はお金持ちの商人など大人の遊びとして始まったようで、絹の紐を使っていたそうです。
えぇ、全然知らなかったです。
やがて安価な木綿の糸が現れると、あやとりは一般家庭の女性や子どもの遊びとなっていきました。

昭和に入ると日本にも毛糸が入って来て、あやとりにも毛糸が使われるようになりました。ちなみにですが、毛糸はすべりが悪く、毛羽立ちやすいため、実はあやとりには向いていません。

▲あやとりをする少女と女性(鈴木春信画、1765年頃) via メトロポリタン美術館

もともとは大人の遊びだったものが、糸の材質の変化に伴って子どもの遊びになっていったんですね。
基本的には、文明が発達するとあやとりの伝承は消えてしまいがちでした。

なので、古くから文字や文明の発達した国々、たとえばヨーロッパなどには、あまりあやとりは残されていません。ですが、そのなかでも日本にはあやとりが残っているので、世界的に珍しい現象です。
あやとりは情報を伝達する手段のひとつだったんですね。確かに、文字があれば必要なくなっちゃいそう。
そうなんです。文明の発達とともに廃れゆくあやとりを何とか後世に残そうと、国際あやとり協会の設立後、メンバーたちは世界中に伝えられていたたくさんのあやとりを集めてきたんです。

「国際あやとり協会」は日本で生まれた

野口さんも所属している「国際あやとり協会」とはどんな団体なのでしょうか?
もともとは、夫が世界のあやとりを紹介する『あやとり』という本を出したことがきっかけで、たくさんの方があやとりに興味を持ってくれて、1978年に日本あやとり協会ができました。
雑誌の編集者さんのお声がけをきっかけに、本を出して、そして協会まで……すごい。
日本あやとり協会で独自の機関誌を出していたら、海外からも会員になりたいという人々から連絡が集まってきたんです。

宣教師や編集者、大学の研究者をはじめとした海外の方々が「日本あやとり協会」の会員になったんですよ。イギリス、オーストラリア、カナダ、アメリカ……会員は100人くらいになったでしょうか。

▲初期の機関紙は野口ともさんの手書きだった

すごいですね。廣さんの活動に世界が注目したわけですね。
夫が数学オリンピックの仕事が忙しくなったことをきっかけに、「もう国際的な団体にしましょう」ということで、1994年に本部をアメリカに移して国際あやとり協会が発足しました。

それから、世界のあやとりやその歴史、関連する研究などを、機関誌やWebサイトで報告しています。日本では講習会を開くなど、会員たちがそれぞれの場所、それぞれの方法であやとりを伝える活動をしています。

あやとりは「創作」できる!

さきほど「あやとりは現在までに3,000種類見つかっている」とありましたが、あやとりの種類は時代によって変わっているんでしょうか?
だいぶ増えていますね。最近は「創作あやとり」が、世界中から寄せられています。

あやとりを始めてから1年ほどで、200以上の創作あやとりを考えた小学生もいます。

▲創作あやとり「流れ星」。ねじれた部分が星の流れを表現しているのがよくわかる

そんなに! あやとりって覚えるだけじゃないんですね。新しい技は、何らかの手順を踏んで認定されるんでしょうか?
国際あやとり協会のホームページに寄せられてきます。そこで誰が見ても「良い」とされるものは、ページに掲載されます。もう本当にすごいのがどんどん載せられていて……。

▲野口さんにあやとりを教えてもらうあさぬま

……ちなみに、私があやとりの新しい取り方を発明したら発表できますか?

▲ちなみになんですが

創作あやとりが掲載されるのは、国際あやとり協会の会員専用のページなので、会員以外の方は難しいかもしれません。
なるほど、まずは会員になるところからですね。
あやとりの取り方を表現するには、ある程度のマニュアルがあります。たとえば指の名称は、右親指(日本語)=R1(英語)、左人差指(日本語)=L2(英語)というように、指の名前や紐の位置、取り方などの用語を覚える必要があります。

国際あやとり協会本部に申請する場合は英語で、日本語版に申請する場合は日本語で申請することができますよ。
やっぱり一定の知識が必要なんですね。
会員は、国際あやとり協会の会誌や、今ではホームページを無料で見ることができます。あやとり用語やいろいろなテクニックを覚えられるので、素晴らしい創作あやとりが生まれていますよ。

▲会員になると、会誌でさまざまなあやとりのテクニックをマスターできる

「形に残らない」からこそ伝えていきたい

野口さんの話を伺って、たった1本の紐でできる遊びなのに、文化や環境が色濃く反映されているあやとりは本当に奥深いなと思いました。野口さんは今どんな思いを持って活動されているんですか?
世界中で、あまり文明が発達しなかった国や地方の人々にも素晴らしい文化があることや、あやとりは奥が深いということを伝えたいですね。

文字を使わなくとも、「あやとり」という手段で生活の知恵や大切な情報を伝え合っていたんです。

あやとりは遺跡のように形に残るものではないので、人から人に伝えてもどんどん廃れていってしまいました。こうした文化を後世に残したいという思いがあります。

▲あやとりに残る文化を伝えていきたいという野口さん

まさにあやとりはその地域の文化を残すものだなと感じました。ぜひ、これからあやとりを始める方に、おすすめポイントを教えてください。
あやとりを通して世界中の文化に触れられるだけでなく、子どもたちにとってもあやとりは楽しみながら想像力や集中力、忍耐力を養うのにぴったりな遊びだと感じてます。

それに、何か一つあやとりを完成できたら、誰かに見せたくなるでしょう? コミュニケーションツールとしてもすごく素敵な遊びだと思いますよ。
ありがとうございました!

インタビューを終えて

▲久しぶりのあやとり、楽しかった

インタビューをするまであやとりは「日本独自の文化」「子どものする遊び」というイメージを持っていましたが、「あやとり」には世界各地の文化や歴史、価値観などがうつしとられ、無限の世界が広がっていることにとても驚きました。

何よりも、野口さんがとても楽しそうに様々なあやとりを紹介してくださったのが、とても印象的でした。みなさんも、久しぶりにあやとりをやってみませんか?

▲教えてもらった「星」のあやとり。野口さんとともに

ちなみに、この星のあやとりは野口さんが取り方を考案して、『改訂版 あやとり大全集』に掲載されています。「世界一かんたんで可愛い」という星のあやとりだそうです。

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この記事を書いた人

あさぬま

好きなひらがなは「ぬ」。普段はQuizKnock編集部で記事の編集をしています。人の話を聞くことが大好きです。

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