1997年公開、スタジオジブリの不朽の名作『もののけ姫』。
タタリ神の呪いを受けた青年・アシタカは、呪いを解く術を求める道中で「タタラ場」へとたどり着きます。タタラ場とはエボシ御前が率いる、製鉄に従事する民たちの共同体です。タタラ場の住人は主に、男は牛飼い、女はたたらを踏むことを生業としています。
▲タタラ場の様子 画像出典:スタジオジブリ
ところで、製鉄のために「たたらを踏む」とは、一体どういうことでしょうか? 作品内でアシタカがたたらを踏むシーンがありますが、あれは何をしているんでしょう?
今回はたたらの仕組みや歴史について、たたらの聖地である出雲地方出身の永岡が解説していきます。「たたら」とは何かを知ることで、『もののけ姫』がより楽しめるかもしれません。
そもそも「たたら」って何?
「たたら(蹈鞴、踏鞴)」とは、製鉄を行う段階で使われる、風を送る装置の名称です。たたら製鉄に欠かせない高温の炎を燃やすため炉に空気を送る機構を「ふいご(鞴)」といい、そのなかでも人力で板を踏むことで動かすものを「たたら」といいます。
「たたら」は元々送風の装置を指して使われた言葉ですが、その装置を使った製鉄方法や製鉄場全般も「たたら(この場合「鑪」とも表記される)」と呼ぶようになっています。
▲作中の「ひとつ ふたつは 赤子もふむが みっつ よっつは 鬼も泣く 泣く」という歌から大変さが伝わってくる 画像出典:スタジオジブリ
たたら製鉄は、1回の操業で3〜4日かかり、その間は炎を絶やしてはなりません。そのため、たたらを踏む人々「番子」たちは、操業中は交代しながら昼夜問わずたたらを踏み抜きます。その様子が「代わりばんこ」の由来とされています。
ちなみに、筆者は博物館でたたらのレプリカを踏んだことがあります。たしかに最初は浮遊感がクセになって楽しいものの、ずっと続けていると体に堪える感じはありました。番子のタフさがうかがい知れます。
どうやって「たたら」で製鉄してる?
たたら製鉄において、純粋な鉄ができるまでの流れを簡単に見ていきましょう。
たたら製鉄で必要な材料は、主に砂鉄と木炭です。砂鉄の主成分は酸化鉄(Fe2O3やFe3O4)すなわち自然界の鉄は酸素と反応した状態で産出されます。
この酸化鉄から純粋な鉄(Fe)を得るには、炭素(C)が主成分である木炭と一緒に高温で燃焼させ、酸化鉄から酸素を奪う必要があります。「高温で燃焼」させるには空気が欠かせません。
▲ざっくりとした「たたら製鉄」の流れ
つまり、たたらで空気を送り込んで燃焼させることで、鉄を効率的に生産しているのです。
▲近代のたたら製鉄炉の構造 via Wikimedia Commons 三條千秋, CC BY-SA 4.0,
たたら炉が安定して稼働するためには炉の湿気を絶ち、高温を維持する必要があります。炉の床にあたる「本床」は地下から炉への湿気を遮断し、その周囲の「小舟」と呼ばれる空間は、炉から地下へ熱が逃げるのを防ぐ役割があります。
たたら製鉄はいつからあるの?
たたら製鉄は日本固有の伝統的な製鉄技術です。その歴史は長く、1400年ほど前から存在したとされ、現在でも一部地域で継承されています。ここでは、たたら製鉄の歴史を見ていきます。
たたら製鉄の原型は、鉄器が使用されるようになった弥生時代中期に出現し、6世紀頃には日本全国に分布していたとされています。「たたら」という名称も『古事記(712年)』や『日本書紀(720年)』に認められています。その後、鎌倉時代には、砂鉄の産地である中国地方や東北地方に集中するようになります。その主要な産地のひとつが、奥出雲(島根県東部の山間部)です。この地域では良質な砂鉄が採れることから、高品質で日本刀や鉄砲の素材として使われる鉄「玉鋼」の生産に適していました。
▲たたらは刀や銃の生産を支えた 画像出典:スタジオジブリ
たたら製鉄はその後も製法や設備の改良が進み、幕末から明治頃に最盛期を迎えます。
しかし、明治維新後は洋式製鉄技術の煽りを受け衰退していきます。北九州の八幡製鉄所などで採用された官営の洋式高炉は、大規模な鉄の生産を可能にしました。明治期の日本では産業化に際して鉄の需要が急増したため、量産型の官営製鉄はシェアを伸ばす一方で伝統的なたたら製鉄は次第に下火となります。
そして、大正時代末期に、産業としてのたたら製鉄は終わりを迎えます。
島根・奥出雲で蘇った「たたら製鉄」
第二次世界大戦後、武器としてではなく美術品としての刀剣の生産は続けられました。ところが、伝統的な日本刀の生産には高品質の鉄「玉鋼」が欠かせません。そこで、1977年に奥出雲町で、大戦中に一時的に稼働した炉の跡地に「日刀保たたら」として再建され、世界で唯一稼働しています。美術品としての刀剣の生産を支援すべく、現在に「たたら」が蘇ったのです。
ちなみに、たたら製鉄は砂鉄と木炭を原料とするため、山を切り拓く必要があります。史実によると、奥出雲地方では、古くは過度な採集・伐採が行われ、山はやせていったとのことです。
山間部の開墾によりやせた山は、出雲平野を流れる斐伊川の氾濫の原因となりました。この斐伊川こそが、年ごとに人間の娘を食らう大蛇「ヤマタノオロチ」のモデルとされているのです。
「たたら」は『もののけ姫』のテーマの縮図
『もののけ姫』でも、たたら製鉄のために自然を破壊する人間の業が描かれています。夜のあいだデイダラボッチの姿になる森の神・シシ神は、作品の終盤で首を落とされたことで、人間をはじめあらゆる生命を見境なく奪っていきます。心なしか、現実における斐伊川の氾濫や、神話におけるヤマタノオロチと重なるところがあります。
▲自然も人も見境なく命を奪うデイダラボッチ 画像出典:スタジオジブリ
実際の奥出雲のたたら製鉄では、過伐採・過採取による災害を防ぐため30年周期の輪伐によって持続可能な産業に努めていたとも伝えられています。さながら『もののけ姫』のテーマと言って過言ではない「死」と「生」の繰り返しを体現しているのです。
表裏一体である「人間の営み」と「自然の脅威」の応酬、その縮図こそが「たたら」にあると言えるでしょう。
▲みんなはじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう 画像出典:スタジオジブリ
サムネイル画像出典:スタジオジブリ
【あわせて読みたい】