皆さんこんにちは! 東京で電車に乗るとついつい「
東京にある「

そんな高輪ゲートウェイ駅、2025年3月27日に全面開業となるんだそうです!
調べたところによると、これまで5年間の高輪ゲートウェイ駅は「暫定開業」という状態だったんだそう。はて、どういうこと……? もしかしたら、何かしらの事情や目的があったのでしょうか?
先日、たまたま東京へ行く機会があったので、現地に行って確かめてきました!
未来感のある駅
JR山手線に揺られ、さっそく高輪ゲートウェイ駅にやってきました。

駅の中は開放的で、近未来的な雰囲気です。国立競技場などの設計を手がけた


改めて紹介すると、高輪ゲートウェイ駅は、オフィス街の品川駅と田町駅の間にできた、JR山手線で一番新しい30個目の駅(
駅の中を探検
駅の構内をぶらついていると、新しい駅ともあって見慣れないものが。どうやら、AIチャットボットを活用した案内板のようです。

案内してくれるのは「


つれない回答が返ってきてしまいました。頑張って、小石川さん!!

赤穂浪士の墓がある泉岳寺(せんがくじ)に行くと良いそうです
さらに、駅員さんの手書きのボードでしょうか。こんなものも発見。

「TAKANAWA GATEWAY CITY開業」
駅の全面開業と同時に、周辺地域を巻き込んだ新たなまちが開業するというお知らせが。
つまり、駅の周りの施設が準備期間だったため、先んじて高輪ゲートウェイ駅のみ暫定的に開業をしていたという事情のようです。
3月27日には駅の正面にあるツインタワー:THE LINKPILLAR 1がオープン。ラグジュアリーホテルやホールが集まり、東京のあらたな拠点としての役割を担っていくとのことです。今はそれほど利用者の多くなさそうな高輪ゲートウェイ駅ですが、数年後には都内有数の駅に成長しているのかも?
工事現場を見てみる
高輪ゲートウェイ駅の外に出てみると、あちこちで様々な工事が行われていました。




まちの中心となるTHE LINKPILLAR 1以外にも、住宅とインターナショナルスクールの入った「TAKANAWA GATEWAY CITY RESIDENCE」や文化発信施設の「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」などが2026年の開業を予定しているそう。さらにはリニア中央新幹線開通に向けた本格的な再開発が進められていく予定……と、なんだかスケールが大きすぎて目が回りそうです。
「高輪ゲートウェイ」前史
「未来へまっしぐら」といった雰囲気の高輪ゲートウェイ駅周辺ですが、実は過去を振り返ってみてもなかなかおもしろい歴史があるようです。
というわけで、この周辺の歴史についてちょっとしたクイズです。
まずは江戸時代までさかのぼります。高輪ゲートウェイがある「高輪」には、かつて「

そして、かつての高輪は目の前に海が広がる土地でした。
明治時代初期、日本初の鉄道を敷設する際に、現在の田町駅から品川駅付近に線路を通す計画が立てられました。しかし、当時付近の土地を所有していた軍が「私有地に線路を通すな」と拒否。そこでやむを得ず、海上に線路を敷くための堤防が設けられます。鉄道の開通後、次第に堤防の内側が埋め立てられていき、海だった場所が現在の高輪の土地へと変わっていったのです。


やがて高輪は「車両基地があるまち」としても知られるようになります。特急「踊り子」に「ムーンライトながら」……一時は寝台列車も多く停車しており、鉄道ファンにとっては絶好の撮影スポットでした。

しかし時代とともに車両の数は減っていき、車両基地にも余裕ができるようになります。そうした背景のもと、「Global Gateway」をコンセプトとした再開発プロジェクトが始動。大規模な都市整備計画の一環として誕生したのが、この高輪ゲートウェイ駅というわけです。
この駅は単に交通の利便性を高めるために建てられたのではなく、未来に向かって行く都市開発の象徴でもあるんですね。関所や車両基地など、形を変えながらも人々を支えてきた高輪。今後も新たな日本の交通拠点として、ますます発展していくことでしょう。
おまけ






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