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解説

正解は「藤原道長ふじわらのみちなが」でした。平安時代中期に藤原氏の全盛期を築いた貴族です。

▲藤原道長

ヒント1:日本最古の糖尿病患者

藤原道長の生活ぶりは、彼自身の日記である『御堂関白記みどうかんぱくき』や同時代の貴族・藤原実資ふじわらのさねすけの日記である『小右記しょうゆうき』から読み取れます。これらには糖尿病の症状と考えられる記述が複数あるようです。

頻繁なのどの渇きや、人の顔が見分けられないほどの視力の低下など、深刻な症状に苦しめられた道長。彼の糖尿病については、カロリーの高い食事などの貴族の不健康な生活習慣が一因ともいわれています。栄華を誇った道長も病には勝てなかったというのは、どことなく物悲しさを感じさせますね。

ヒント2:源氏物語の大ファン

藤原道長は『源氏物語』の大ファンで、作者・紫式部の自宅に行き、原稿を催促したという逸話も残っています。また、道長と紫式部の間では、平安時代らしく短歌のやり取りが何度も行われていたようです。

そもそも紫式部は道長の娘の彰子しょうしに仕えており、道長とは単なる作家と読者以上の関係がありました。現存する『紫式部日記』は藤原道長の家にいる場面から始まります。

ところで、来年(2024年)の大河ドラマは紫式部を主人公とした『光る君へ』。道長との関係にもスポットライトが当てられるようです。2人はどのような関係として描かれるのか、今から楽しみです。

ヒント3:「御堂関白」と呼ばれた

藤原道長はお寺を建立したり自ら出家したりと、仏教を厚く信仰していました。道長が建てたお寺の中でも特に壮大であったとされるのが、晩年に建立した法成寺ほうじょうじです。このお寺は道長の異名「御堂関白」の由来となったほか、道長が最期を迎えた地でもあります。

ところで、「関白」とは天皇を補佐する高官なのですが、実は道長自身は関白になったことがありません。道長の日記『御堂関白記』のタイトルも江戸時代に定着したものだそうです。


解説を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!ぜひ次回の「今日の一問・社会編」にも挑戦してください!

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この記事を書いた人

藤島

東京大学理学部4年生で、生物学を専攻しています。好きなことは歴史、生き物。趣味は読書などです。新しい分野を知る第一歩になれるような記事を書けるように頑張ります。

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