よだれ鶏
お次はこちら。名前のせいで苦労しているのは動物だけではありません。
▲テロップの悪意がすごい
そう、よだれ鶏です。よだれ鶏とは、ゆでた鶏肉に辛いソースをかけ、ねぎやパクチーなどの薬味をのせた料理のこと。レシピを聞いただけでおいしそう。
そんなよだれ鶏は、居酒屋の定番メニューではあるものの、なんとなく注文するハードルが高いことでお馴染みです。その理由はただひとつ。
名前がなんか汚そう……。
イメージのせいで本来の実力を出し切れない彼も、新たな名前で救ってあげましょう。
材料1:神聖な生き物
よだれ鶏の主役・ニワトリは、古くから多くの国々で神聖視されてきました。
例えばゾロアスター教では、ニワトリは暗黒の悪魔を追い払う特別な存在とされていました。また古代ギリシャや中世ヨーロッパでも、ニワトリは太陽神と関連するものとして捉えられてきました。よく建物の屋根に乗っている「風見鶏」も、このような文化を反映したものとされています。
このように、ニワトリは世界中の国々で太陽と深く結びついた存在として神聖視されてきたのです。
材料2:天皇も食したハーブ
次に、よだれ鶏の香りづけには欠かせないスパイスといえばパクチーです。
パクチーは「香菜(シャンツァイ)」や「コリアンダー」とも呼ばれる植物で、最も古くから利用されてきたスパイスのひとつとして知られています。
またパクチーは薬としても利用され、胸焼け防止や睡眠薬、さらには媚薬としても用いられてきました。さらに日本では、平安時代頃に天皇の食事にも使われていたことがわかっています。
パクチーは、古代中国から日本の天皇まで、豪華な歴史に彩られた由緒正しい植物なのです。
隠し味:中国の知恵をひとつまみ
また、よだれ鶏は「四川料理」と呼ばれる料理のひとつとしても知られています。
四川料理は中国の四川省周辺で発展した郷土料理で、いわゆる「中国四大料理」のひとつに数えられます。身近な例としては、麻婆豆腐や棒々鶏、担々麺などが有名です。
四川省が位置するのは、海から遠く、寒さも厳しい土地。そのため、食品を長期間保存するために唐辛子などのスパイスが多く用いられるようになりました。
よだれ鶏にも、ラー油や花椒、ショウガ、パクチーなど、様々な薬味が使われています。いわばよだれ鶏は、四川省の厳しい風土が生み出した、知恵と工夫の詰まった料理なのです。
命名
以上のことを考えると、「よだれ鶏」という名前では彼の魅力を十分に伝えることはできません。
名付けるなら、こんな風にお呼びするのが良いでしょう。
▲名前が変わるだけで腕の立つシェフの姿も見えてくる
「お待たせしました。こちら、四川風 日輪鶏のブイイール ~天皇の愛した薬膳香草を添えて~です。」
賑やかな大衆居酒屋が一瞬にして高級中華レストランへと様変わりしてしまいました。
尿素
最後はこちら。
▲よく見る広告
そう、尿素です。乳液やハンドクリームに用いられているのをよく見かけますが、「尿」と名のついたものを肌に塗るのはなんか嫌……。という理不尽極まりない批判を浴び続けています。
「尿」というただ一文字のせいで報われない思いをしている彼にも、ふさわしい名前を付けてあげましょう。
確かに「尿」ではある
理不尽とは言ったものの、「尿素」という名前は、尿素が人間などの尿に含まれていることに由来しています。これは認めざるを得ません。
ただ、よく「尿」と聞いてイメージされるあの独特な香りは、尿素ではなくアンモニアのもの。尿素自身が臭い匂いを放つわけではありません。
人間の体内では、有毒なアンモニアを無毒な尿素に変化させることで排出しています。いわば尿素は、体の安全を守る上で欠かせないライフセーバーのような存在なのです。
お肌のともだち
また先述のように、尿素は美容製品にもよく配合されています。
これは、尿素が皮膚の表面で水分を保持する成分であるため。尿素は皮膚の潤いを保つことで、人々の美しさをも守っていると言えるのです。
化学史を塗り替えた立役者
さらに尿素は、人類史上初めて人工的に合成された有機化合物でもあります。
合成に成功したのは、ドイツの化学者であるフリードリヒ・ヴェーラー。この発見は「有機化合物は人工的に作り出せない」というそれまでの化学における常識を一変させ、化学史に大きな転換点をもたらすことになりました。
▲フリードリヒ・ヴェーラー(1800~1882 ドイツ)
氷のプロフェッショナル
また尿素は、水に溶かすことで吸熱効果を持ち、周囲の温度を下げることができます。このような特性を利用して、尿素は携帯用の瞬間冷却剤としても利用されています。
さらには反対に、水に溶けやすい性質から防氷剤として利用され、航空機の機体や滑走路に散布されることもあります。
いわば尿素は、氷のプロフェッショナルであるということもできるのです。
尿素製品に囲まれている
さらに、尿素とホルムアルデヒドを混ぜれば「ユリア樹脂」と呼ばれる樹脂を作ることができます。
ユリア樹脂は安価で着色性に優れており、様々な用途で利用されます。身近な例を挙げると、容器類のキャップや衣服のボタン、電機部品、麻雀牌など、枚挙にいとまがありません。
もしかしたら気付かないうちに、「尿素入りボディクリームを塗った後、ユリア樹脂製のボタンが付いた服を着て麻雀を打つ」などという尿素製品フルコースを体験しているかもしれません。尿素は至る所で私たちの生活を支えてくれているのです。
▲尿素製品フルコース
命名
これだけ多岐にわたる活躍を見せる物質が、「尿素」なんて不名誉な名前でいいはずがありません。
むしろこれだけ活躍しているのに、なぜよりにもよって「尿素」なんていう名前を被ってしまったのか不思議になるレベルです。
彼のことはこれ以降、こう呼んで差し上げるべきでしょう。
▲エレガントですことよ
この名前なら、美容品の広告も見違えるほど華やかです。もう誰も彼のことを「なんか汚そう」などといって敬遠することはないに違いありません。
▲違う意味で胡散臭い
▲こうするともっと胡散臭い
おわり
今日もまた、多くの報われない子羊たちを救ってしまいました。 まだ見ぬ日の当たらない者達にも、いつの日か救いの手が差し伸べられますように。
記事内画像:via Wikimedia Commons Francesco Veronesi from Italy CC BY-SA 2.0 ※画像の改変をしています。
記事内使用フォント:日本語フリーホラーフォント「吐き溜」 暗黒工房様
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