「犬猿の仲」
非常に仲が悪い間柄を指す言葉です。十二支のエピソードでも、ニワトリがサルとイヌの仲裁に入っているというのは有名なお話です。
しかし、この慣用句とは裏腹に、「野生のイヌとサルが共生している」という例が2015年の論文で報告されました。今回はその論文についてざっくりと解説していきます。
「犬を受け入れる猿」の話
2015年に発表された論文「Solitary Ethiopian wolves increase predation success on rodents when among grazing gelada monkey herds」では、エチオピアに生息するイヌ科の「エチオピアオオカミ」とサルの仲間ことオナガザル科の「ゲラダヒヒ」の関係について調査しています。
ゲラダヒヒは、サルの仲間では珍しく草を主食としており、サーバルなどの肉食獣が天敵です。しかし、本来天敵となりうるはずのエチオピアオオカミが、ゲラダヒヒの群れの中で活動している様子がしばしば目撃されています。
しかもゲラダヒヒは、野生化したイエイヌが近くにいると逃げたのに対し、エチオピアオオカミが近くにいても逃げる素振りをほとんど見せなかったとのこと。「体格がほとんど同じであることから、お互いが危害を加えないよう自制しているのでは?」という仮説が立てられています。
ちなみに、8年間の調査で1回だけ、エチオピアオオカミがゲラダヒヒの赤ちゃんを襲うという事例が観察されました。その際には、ゲラダヒヒの群れが赤ちゃんを奪い返し、エチオピアオオカミを追い払ったそうです。
ちゃっかり得するエチオピアオオカミ
またエチオピアオオカミにはゲラダヒヒの群れに混じるメリットがあることもわかっています。そのメリットとはずばり「エサの捕りやすさ」です。
論文の中では、エチオピアオオカミが主に獲物とするネズミの捕獲成功率についても調査が行われました。
「ゲラダヒヒの群れにいる個体」と「単独生活する個体」でエチオピアオオカミの狩りの成功率を比較したところ、前者は後者に比べて4割ほど狩りの成功率が高いという結果となりました。より詳細な調査で、成功率の上昇は個体差によるものではなく、「ゲラダヒヒの群れにいる」ことが理由と結論付けられています。
エチオピアオオカミの狩りの成功率が上がる理由について、研究者は
- ゲラダヒヒが草を食べるためにネズミのすみかを
撹乱 し地表に追いやってる - ゲラダヒヒがいることで、ネズミがエチオピアオオカミを察知しにくくなる
といった仮説を立てています。
ゲラダヒヒは何か得をしている?
その一方で、ゲラダヒヒがエチオピアオオカミを受け入れるメリットについては、他の肉食獣に襲われるリスクを抑えている可能性はあるものの、はっきりとはわかっていません。
エチオピアオオカミがゲラダヒヒを襲わないのは、ネズミが捕れなくなるリスクを潜在的に理解しているからかもしれません。ゲラダヒヒからしても、万一エチオピアオオカミに襲われてもいざとなれば追い返せます。エチオピアオオカミとゲラダヒヒの間には、とても絶妙な力関係の上で共生関係が成り立っているといえるでしょう。
犬を家畜化の歴史を解明するヒントにも……?
我々が飼っている犬(イエイヌ)はハイイロオオカミ(エチオピアオオカミとは別種。よく我々がイメージするオオカミ)が先祖です。通説では、約2万年〜4万年の狩猟採集時代に、野生のハイイロオオカミが人間の残飯をあさっていたところから共生が始まったとされています。しかし、発生場所や完全に家畜化する過程についてはいまだに議論されています。
ゲラダヒヒとエチオピアオオカミの共生関係は、ヒトが犬を家畜化する過程に通ずるものがあることからヒトと犬の関係を解き明かす糸口になる可能性も示唆されています。
さて、今回は「犬猿の仲」とは裏腹に、お互いにうまくやっているエチオピアオオカミとゲラダヒヒの関係性を紹介しました。人間が創作した言説に惑わされず、実際の動物の生態に目を向けると面白い発見が待っているかもしれません。
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【画像出典】:Wikimedia Commons(画像の一部をトリミングしています) Charles J. Sharp CC BY-SA 4.0, Hulivili CC BY 2.0, BluesyPete CC BY-SA 3.0