肌で感じた現地の空気


ウガンダの難民の人たちは、ウガンダ政府がわらやレンガの家を提供していたりと、他の地域にある難民キャンプと比較すると環境が整っています。ウガンダ政府の難民支援政策はとても良くて、移動の自由があったり仕事ができたり配給があったり。当たり前のように思えても、ほかの難民キャンプではどれも制限されていることです。


そういう貧しい状況なんですが、直接そういった現地の人たちと話してみると、とってもフレンドリーで、いつも楽しそうで。泊まっていたホテルの横の道路も昼夜問わず音楽流しっぱなしだったりとか、とても陽気な部分も見えました。
そういうときに、日本の通勤電車なんかを考えると、ウガンダの人のほうが、より自分の生活を持っているような気もしましたね。幸せの転換というか、こういうのもいいなと。


もちろん僕たちも4日しかキャンプに滞在できなかったので限界はありましたが、気温40度の空気の中に身を置いて一緒に考えているうちに、本や映像でわかった気になる部分が、より自分ごとになっていくように思えました。


僕たちはなにより「人」に感動したんですよね。正直、現地に行ったら拒絶されるんじゃないかというイメージが強かったけど、どこにいってもダンスや歌で歓迎してくれて。活動の一環として、CFS(チャイルド・フレンドリー・スペース)という、難民キャンプの中で女性や子供が過ごせるようにした場所があってそこを回っていたんですが、どこへ行っても喜んでくれました。街中にいてもガンガン話しかけられて、握手したりするんです。そういう感動が、「自分ごと」につながっていきましたね。

発信者としての強みと葛藤


あくまで僕たちは難民ではない、当事者ではないというのは壁になります。まだ僕たちが知らないことがたくさんあって、伝えていく上でもっと勉強しなきゃいけないというか。仕方ないこととも言えるけれど、もどかしいし、難民自身ではない僕たちが伝える、ということに責任を感じてやらないといけないと思っています。

ただやっぱり、5人で渡航したら5人が全く違うことを考えているんですよね。それをいざ取りまとめる段になって、K-Dとしてどれを伝え、どれを削るかというところで、折り合いをつけるのは難しかったです。
今まではニュースとかを見ていて「事実の半分しか伝えていないんだろ……」と思っていたんですが、自分が発信側にまわってはじめて、伝えることの難しさを感じました。
あとは、講演会などをやっていく上で、細々とした準備が多いというのはつらいポイントですね。











どうしても映像とかは切り取り方というか、「伝えたいように伝えてしまう」ところがあると思います。なので、僕たちはフィルターを取り外して、なるべくそのままを体感してほしいと考えてコンテンツを作っています。VRはまさに360度、自分の意のままに感じられるリアルですね。
VR以外に、ドキュメンタリー作成もしています。BGMもかけず、インタビューを淡々と流すだけにして。これも、操作せず、リアルのままを流したいというコンセプトです。押し付けず、新鮮なまま、体験だけをお届けしたいですね。

