ぶら下がりやすい「夏の星座」を考える
それでは、条件が整ったところで具体的な星座を考えていきたい。星座早見盤を参考に動きを追い、有名な星座からカンタンにおさらいしていこう。
夏の星座の代表格といえば、夏の大三角を構成する3星を持つもの、すなわちベガを持つこと座、アルタイルを持つわし座、デネブを持つはくちょう座だ。
この中でぶらさがり先として適しているのは、やはりはくちょう座だろう。北十字とも呼ばれるその形は、どの辺の間でも格好のぶら下がりゾーンを形成してくれている。
南を眺めると、大きなへびつかい座とへび座が目に入る。ふたつの星座が一体化しているこのあたりなら、まさにへびとへびつかいの境目くらいにうまくロープをかけることが可能だろう。でかい星座なのでそこまで大きく傾斜が変わることもない。花火大会の間は、ちょうど体を支えられるはずだ。
へび座の下に鎮座するいて座もまた、いい塩梅に平らかな面を持っている。ちょっとした「返し」もついており、また天の低いところを移動するために角度の変化があまりない。スピードで惰性がついてしまうと怖いが、2時間なら耐えてくれそうな広さも持っている。いい塩梅だ。
穴場の星座もチェックしたい
これらの星座はみな大きいが、小さい星座でもポテンシャルはある。全天で2番目に小さい星座、こうま座が最たる例だ。
星座を構成する星々をどう結ぶかについては様々なやり方があるが、一般的なこうま座は3本の線が放射状に伸びるような形で描かれる。そしてこれらの線が、急な鋭角を描いているのである。
今の時期、角のとんがっている部分は、地平線を向いている。紐を使ってぶらさがろうとすると、一番下にある星のところにツルツルっと落ちてきて、しっかりと引っかかってくれるのである。ぶらさがり放題だ。角度の変化にも対応できそうな急な傾斜、ロデオも安心なお馬さんである。
……なーんてことをやっていては絞りきれない。意外と夏の星座ってぶら下がりやすいんだな。首相官邸のインタビュー以上にぶら下がりやすいぞ。
大前提に立ち返って見つけた新条件
しかし、我々は大切なことを忘れている。
現実的には、星座にぶら下がるなどできない、ということだ。
それを言っちゃあおしめえよぉ、と思うかもしれないが、大事なのはこの事実そのものではない。「ぶら下がれる」という仮定を置いたとき、同時に発生するであろう事象を見逃してはいけない、ということだ。
すなわち、「星座にぶら下がれることを前提とするなら、星座を平面的に捉えている」ということである。星座にぶら下がれる世界では、我々を中心として、天空は半球ドーム状に広がっているのだ。そして、そのドームに張り付くようにして、各星座は存在している。遠くにある星々は球面上の点となり、それらを繋いだ線にぶら下がる、という形だ。
その上で「上から花火を見下ろす」のなら、ぶら下がる地点は「花火を見下ろせるほどの高さ」が必要だ。すなわち、ドームの天井中央付近である必要があるのである。
となると、ぶらさがる星座は当然、天の高い位置にあるものに限定されてくる。ドームの大きさを十分に大きいものだと仮定した場合は星座の位置はあまり関係なくなるが、「見下ろす」という言葉が選ばれているくらいなのだ、花火が上がった地点は「だいぶ遠くの斜め下」よりは「だいぶ真下」であってほしい。
なお、花火の上がる位置は、ドームの中央付近だと仮定してよいはずだ。我々から見える夜空=ここで想定されるドーム上の星々の見えかたは、我々が地上で少し移動したくらいではほとんど変わらないのだから。
ややこしいことをあれこれ言ってきたが、要するにぶらさがるのは「天頂付近の星座」を想定するべきである、ということを私は言いたい。このモデルを想定するならば、そのように設定するのが妥当なのだ。
花火を「見下ろす」のにぴったりな星座は
この時期の日本において、天頂どセンターに位置しているのはヘルクレス座である。平方度も大きく、腕と脚が合計4つあるのですべてがフックになりうる。とはいえ、星座の向きによって落ちる落ちないが大きく変わりやすい構造でもあるため、注意が必要だ。
その点で、どう考えても滑り落ちなさそうなのがかんむり座である。器のようなかたちをしたこの星座は、花火大会の時間帯はちょうど器の底が上を向くような形になっている。すり鉢状だ。これなら紐を通したときの引っ掛かり度はしっくり来るだろう。
対抗馬はりゅう座だ。馬じゃなくて龍だけど。北極星を取り巻くように位置している大きな星座で、龍の背のようなうねりを持つため、その一部にひっかかればそうそう滑り落ちない。サイズ感を考えるとかんむり座以上に強みがあるだろう。
「最適解」のヒントは歌詞に
さて、どの星座がより良く花火を鑑賞できるだろうか。ヒントは、歌詞の中にある一フレーズが握っている。
「涙を落として火を消した」だ。
夏の星座にぶらさがって 上から花火を見下ろして
こんなに好きなんです 仕方ないんです
夏の星座にぶらさがって 上から花火を見下ろして
涙を落として火を消した
aiko『花火』(作詞:AIKO)
ぶら下がっている過程で涙が落ち、それによって花火が消えている。それはすなわち、花火の真上にいる、という状態を示しているだろう。つまり、より「上」にある星座が適切だということだ。
そしてその「上」とは天球状の位置、すなわちより天頂に近いことと同義だ。宇宙はあまりにも遠くにあり、花火の打ち上げ地点は天頂直下だと考えることができるからである。
この知見から私なりの花火大会攻略術を見出すのならば、いっそ「その時々でポジショニングを替えながら見る」という形を取りたい。まさに星間飛行、わたしたち花火「見たい」、ということになる。
具体的には、20時台はヘルクレス座π星のあたりに位置取り、22時台にかけてはくちょう座γ星のあたりに移動するのが良いだろう。こうすることで常に天頂付近から、しっかりと上から花火を見下ろすことが可能だ。夜空の一番上から、花火越しに下界の見物客を見る愉悦たるや、相当のものであろう。
きれいな花火を見るのに大切なのは、やはり……
閑話休題、この移動を実行に移すならば当然、事前の場所取りが大切になってくる。とはいえ早ければいいというもんでもない。角度が違うと滑り落ちちゃうからだ。特にヘルクレス座は、割と慎重に場所取りをしないといけない。
角度によってはずり落ちてしまうので、勝負は午後帯になるだろう。はくちょう座のほうは割と構造が安定しているのでこちらは午前に済ませておき、その上で午後イチくらいにヘルクレス座へとシートを敷きに行く、というルート取りになる。「行く順とは逆」と覚えておいてほしい。
だいぶ気合を入れて臨まないといけないが、そこまでしても天上から花火を見ようとする努力家を、人は「見上げたヤツ」と呼ぶのだろう。
来年の花火のトレンドは「宇宙から」
完璧なメソッドが生み出された今、宇宙から見る花火大会は『王様のブランチ』経由とかで大ヒットするに違いない。
来年の夏のレジャーはこれ一択、とにかくロケ依頼が殺到するので、はくちょう座とヘルクレス座の広報担当者は今から追加募集しておいたほうが良い。ロケに同行する星座側のスタッフが不足すること請け合いだろうから。
人々はこぞって場所を取り合い、とくにはくちょう座側では朝からブルーシートの敷き合いになることだろう。かつて宇宙に行ったガガーリンは「地球は青かった」と語ったが、それから50年して人々はこうつぶやくのである。「宇宙も青いじゃん」と。
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