連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
美化されていることを差っ引いても、やはり若かりし頃というのはかけがえのないものである。
純粋に、そのときにしか感じられないこと、もう二度と戻れない時間がそこにはあるのだ。29歳になって、まだまだ若いとは思っていても、学生時代の思い出話というのはとても楽しく、少しさみしくなる。
新生活が始まる季節だ。新たな門出を迎えた人は、行く先がどこであれ、ここまで積み上げたものを誇るのが良いだろう。
私は、誇れるものがなかった。
学年ごとの修了式は中高の卒業式を除いてほぼ全部休んでおり、大学生になったらついに卒業式もサボるようになってしまった。
当時は「めんどくさい式典につきあわされるくらいならやりたいことやったほうがお得」と思っていたのだが……今は違う。節目の通過儀礼は、なんだかんだ思い出として残り続けるものであり、ひとつの区切りをつけることは過去を整理するうえで意外と大切だ。高校の卒業式、なんだかんだしっかり覚えてるしなぁ。
奥華子『ガーネット』は、過ぎ去る思い出を大切に切り取った名曲だ。アニメ映画『時をかける少女』の主題歌としてロングヒットしたこの曲は、映画にリンクするような「友情」をテーマに書かれた。学園生活の情景を描きながら、過ぎ去ってもなお美しくあり続ける青春を歌っている。
詰め込まれている、若き日の原風景。どこを取っても切なくみずみずしい情景がそこにある。
グラウンドを走るあなたの背中、空の情景、ノート、四角い文字……
ん? 四角い文字?
グラウンド駆けてくあなたの背中は 空に浮かんだ雲よりも自由で
ノートに並んだ四角い文字さえ すべてを照らす光に見えた
奥華子『ガーネット』(作詞:奥華子)
なんだこの文字は?
光に見える四角い文字を、私は果たして学校で習っただろうか?
そもそもそんな文字、私は知っているのだろうか?
いかん、理想的な学園の思い出に、雑念がコンタミネーションしている。
でも、もう止められない。私も、これを読んでいるあなたも、気にしだしたら止まらないだろう。一体なんなんだこの文字は。すべてを照らす光に見える四角い文字なんてあるのか。てかそもそも四角い文字がそんなにないけれどなんだこれ。何を教えてくれるんだこの学校では。
取り戻せ、理想の青春。卒業式に出なかった過去は変わらないとして、歌の中にある美しい世界くらいは、美しいままでいてほしい。そのためには、心に残るしこりを解消する以外にはないのだ。