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この学園に導入されている「特殊な席替えシステム」

そもそも難しいのは、この曲における数多の謎が複雑に絡み合っている点だ。ならば、「困難は分割せよ」。難問を解くにあたっての鉄則である。丁寧に仮定を置くことで、少しずつ進捗を生もう。

まず、「その子の席だけ確定している」という特殊な状況について考えていく。なぜかひとり、席が決まってしまっているという怪事件。なるべくフェアに行われるべき席替えにおいて、そんなことがあっていいのだろうか。

これはもう、制度の方にトリックがあるといえるだろう。同時に選択しない、でも平等な制度とはなにか。

それって、ドラフト会議なのではないだろうか。2週連続野球ですまん。

▲学校で……?

プロ野球ドラフト会議の1位指名は、まず全球団が希望選手を同時に入札し、競合した場合は抽選、単独指名だった場合は確定、という手順を踏む。競合抽選に敗れると、抽選勝者と単独指名の確定後にもう一度入札を行うことになるのだ。

▲指名がかぶらなければ確定する仕組み

この仕組みを用いれば、「席の決定タイミングがずれる」という現象が現実的に発生する。この学園は、なんとドラフト式に席替えをしていたのである。グランドプリンスホテル新高輪学園じゃん。

「ドラフト席替え」をどう攻略するか?

……そして、もしこのルール下で、あなたがあの子の隣を狙うとしたら、どんな戦略を取るだろうか。

ここで有効なのが「あえて外す」ことだ。1巡目はわざと、「競合」からの「抽選敗北」を狙うのだ。

なにせ、この戦略を取れば、「あの子がどこに座るか」が1巡目で確定する可能性がある。その後、空いている隣の席を指名すればピンポイントで隣に座ることが出来るのである。もちろん抽選ではあるが。

そのために、1巡目はあえて「席が決まらない状態にする」ことが必要なのだ。

おそらく主人公は、「二枚目気どりの秀才」や「いやな悪党番長」と示し合わせ、適当な席をみんなで同時に希望したのだろう。そうして1巡目の抽選にまんまと敗れ、狙うべき席が明確になった状態で2巡目抽選に命をかける。これが、あの子の席の隣を確定させた上で狙い撃つ、確率的に美味しい席替え攻略法だ。「あいつもこいつも狙っている」ことがわかっているのは、そういう理屈である。

▲歌詞に登場するクラスメイトがここで活躍

このときはたまたま、第1回選択希望席にて2つある隣席のうち1枠は埋まってしまったのだろう。残りは1つのみ……という切羽詰まった状況が、この曲では歌われているのである。

ドラフト風の席替え案は、おそらくこの特殊な状況を作り出す上ではかなりフェアな裁定だ。かなり煩雑ではあるが、生徒の希望には沿うことが出来るはずである。

▲天国はあの席だけ

問題点を挙げるなら「そう都合よく、隣が1席空くだろうか」ということである。なにせ運命の席替えだ。あの子がどんな席を希望しているか、情報戦になることは間違いない。ある程度みなが「あの子の第1希望選択席」を知っている状態だろう。

となると、イチかバチかを狙ってその付近を指名するという戦略が、徒党を組んで外すことより有利になり得る。そして致命的なのは、ひとたび指名された席はかならず埋まってしまうことだ。あの子付近の席は超高校級の人気シートになること必至。ダメ元であの子の近くになりそうなところを指名する、という方が戦略上強いのである。

となると当然、ドラフトでは「あの子の隣がたまたま1席空く」可能性は低い。クラス全員を味方につけられていない以上、協調戦略にはリスクが伴うのだ。

「あの子の席」を固定しなければ

では、どうすればあの子の席を簡単に固定できるだろうか。ドラフト以上にリアルな案を探すのであれば、それは流石に学校ですでに導入されていそうなものである。

おそらくは、「学級委員」だろう。

学級委員は、先生との関係性や仕事の内容などから、事前に席が決まっていることがある。

これは、「あの子」にも適用可能だ。人気のあの子のことである、学級委員くらいはちょちょいと当選しているだろう。そして、席は教卓の近くか、先生の席がある教室の斜め前あたりになりそうだ。これなら、あの子の席を確定することは容易である。

ひとつ、謎を解くことが出来た。無理のない範囲で、学級の制度の中にあってあの子の席だけを決めるなら、これしかないだろう。

残ったのは「隣の席が1つだけ」問題。これを解決していけば、この学級の謎がきっと解けるはずだ。

まだまだ残る席替えの「矛盾」

先程述べたように、通常の教室では「隣が1つだけ」の席は、端っこの列しかない。委員長が座るとしたら、なんの特徴もない席よりはまぁありそうな場所である。

しかし、ここにも問題が存在する。主人公は、希望の席を手にした暁には「あの子の横顔を見る」というボーナスを得るのだ。

あー あの横顔を
あー 見つめられたら

授業中天国だよ

フィンガー5『学園天国』(作詞:阿久悠)

しかし、この状況になるのは、「あの子が主人公から見て黒板側に位置している」状況のみである。端の列にあの子がいるという状況は、これと矛盾するのだ。黒板と逆を向いて横顔を見ていたら、目があってしまうことこの上ない。照れちゃうのだ。それ以前に授業聞けよって話だけど。

▲「先生、伊沢くんがずっとこっち見てきます」

この矛盾が、この曲を一層難解たらしめている。端の席にあの子がいる、という状況は通常なら存在し得ないのだ。

やっぱりこの学園は何かがおかしい……?

ここもまた、仮定を置きながら問いを解きほぐしていこう。

まずは、「ひとまず、あの子が端の列にいる」「でも、横顔を合法的に拝める」状況を想定する。

妥当に考えられるのは、反射を用いて横顔を見るパターンだ。何かしらあの子の横顔を反射するものを使えば、顔を見ることはできる。バレエ教室みたいな鏡張りを考えるか、学校が夜学だとして暗い窓を利用するか……できないことはない。

しかし、窓ぎわや鏡ぎわにあの子がいる場合は、結局窓を見る過程であの子を眺めざるを得ない。普通の教室では依然としてハードミッションである。

▲「先生、やっぱり伊沢くんが……」

となると、教室のあり方そのものに変化を加える必要があるだろう。

長方形ではなく、前方もしくは後方に2席分の張り出しを作るのだ。

▲自分はあらぬ方向を見ているが……

これなら、窓側に位置どることで、自分越しではあるがあの子の顔を眺めることが出来る。これは、席の配置の実現性さえ除外すれば、まあ考えうる選択肢であろう。

とはいえ、委員長が座りそうな席を果たしてそんな飛び出た席にするのか、という疑問は残る。張り出しを教室の前に作ることは、わざわざ他の生徒を黒板から遠ざけることになるため考え難い。委員長を教室の後ろ送りにするというのも、メリットがなさそうだ。となると、こうした席の並びは「委員長先決まり説」との矛盾が生じてしまう。いまいちだ。

かくなるうえは……

どうしても、普通の教室では太刀打ちできそうにない。かなり特殊な状況で学習している学園だと考えねばならないだろう。平面的な席の配置ではどうしても解決が難しそうなので、2Dから3Dへと発想を飛ばしてみよう。

一番考えやすいのは、「各席には高さの概念があり、委員長がいる高さには残り1つしか座るスペースがない」状況だ。委員長がいる場所なのだから、一番高い場所が良いだろう。

ということで、そんな教室を描画してみた。2つの峰があり、その頂上にはそれぞれあの子と主人公が座る。中腹や麓には他の生徒たちが座り、あの子側にある教壇で授業が行われている。黒板越しに眺めるあの子の横顔……この席で良かった……というような構図である。

使ったのはOpenAIのDALL-E3。割と試行錯誤した結果、出来上がったのはこんな塩梅のイメージ図である。この画像の左下に黒板があり、それをみんなが眺めているという設定なら……完璧だ。

▲新しいぼくらの学び舎

これなら要望は達成されている。要望は確かに達成、してはいるのだが……

これ、席か?

アカデメイアとかムセイオンとか、古代の学校っぽさはあれど、席替えのドキドキ感は果たして。これならもう席など決めず、来たやつから自由に座ったらいいじゃないか。てか浮いてるし。

席を置く意味のある場所、それでいて立体的な、あの子の顔を拝める配置。要件が多すぎて、想像以上に再現難易度は高い。現代でPVを作り直すとしたら大変苦戦するだろう。流石にもう、可能性は出がらしなのでは……?

いや、ひとつだけある。

「隣」の概念を拡張できる教室の有りようというのが、この世には存在する。教室という概念を極限まで拡張することで、想像を超えた「隣の席」を生み出すことが出来るのだ。

まずはこちらの動画を見てほしい。2つあるうち、手前が実在の立体、奥は鏡に写った像である。直感に反する映像に、驚くこと必至であろう。

▲注目シーンから再生されます(音が出ます)

こちらは「トポロジー攪乱立体」と呼ばれる特殊な立体のひとつ。鏡に映すと、あたかも別の図形が存在しているかのように見える立体のことだ。

もし、教室がこのような構造をしていたらどうだろう。黒板は鏡と反対側に存在し、それを皆が眺めているところを想像してほしい。そして、教室の後ろ側には、当然鏡が配置されている。

あの子の席は、直線的に円を貫くパーツの、どちらか一方の端にあるとしよう。このとき、主人公が狙うべき席は、あの子の席の反対側にある端っこである。

この席から教室の後ろを眺めようものなら……胸像に、待望の光景が映される。

正真正銘、あの子の席の唯一の隣に座っている自分と、あの子の横顔が拝めるのである!!

▲こういうイメージ

同時に、現実世界においては、あの子は「隣」にはいないかもしれない。円周上にある席は、どれも彼女への距離において自分の席より近くに存在する。直線の端と端にいる主人公とあの子は、そういう意味では隣にはなり得ないのだ。とはいえ、このタイプの教室において、あの子の座る端席の「隣」を定義することは難しい。直線上に2席しかないのであれば、どこの席があの子の隣だ、とは決めづらいだろう。

そして。唯一無二の、横顔を眺められる隣の席は、鏡の中に存在する。誰にも邪魔されないこの「鏡の中の世界」こそが、有象無象が隣り合う現実世界よりよほど魅力的だ。

人知れぬ領域で、ただ1人隣に座っている状態。独り占めで顔を眺められる、でも倍率の低い特等席。そんな不可思議な場所こそが、この3年トポロジー攪乱立体組における天国なのである。

あふれる幸せに耐えきれず、あなたは思わず目線をズラす。ふと見ると、あの子の横顔のさらに横に、こちらを向いて授業を進めている先生の姿が……。

当然、目が合った。飛んでくる白いチョーク。脳天に直撃する刹那、たしかにこの学園の中に、天国が見えたのだ……。


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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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