月面のブランコが揺れるためには?
まずはイメージしよう。月という天体の上に、ブランコがあるところを。これが「揺れる」状態になるにはどうしたらいいか。それすなわち、どのような力がかかればよいかである。
人がなにか外力を加えることは、月面に人類がいない現状では難しい。風の力も、大気自体がないのだから借りられない。ハナから手詰まりのように思える……が。実は、そんなことはない。
もっとデカい規模でものごとを見ればいいのだ。
月面に届く、デッカい力がある。地球や太陽の引力である。
地球上の海水が月や太陽の引力の影響によって潮汐を発生させるように、月面のものもまた他の天体から引っ張られている。一生懸命月に行こうとしている人間たちも、この絶妙な引っ張り合いの中で沢山の苦労を重ねてきた。天体の持つ引力との戦いが、宇宙開発のひとつのテーマだったと言えよう。
▲潮の満ち引きが生まれる仕組み
人なんていなくても、風なんて吹かなくても。海が引っ張られるのと同じように、天体の持つ引力が月面のブランコを揺らしてくれるのだ。鞦韆は漕がずとも地球へ奪われるのである!!
……とは、残念ながらならない。他の天体に引っ張られる力以上に、月に引っ張られる力がさすがに強そうだからだ。
ブランコのようにある程度重いものは、当然ながら地面側に強く引き寄せられている。月の重力は地球の1/6だが、それでも自由に飛んでいくようなことはないだろう。
月の近くにデス・スターが現れてトラクタービームを撃つのであればチャンスはあるかもしれないが、そんな宇宙世紀ならば銀杏BOYZというよりは銀河BOYZである。君と僕のクローン大戦的恋愛革命だ。
▲だいぶストーリーが変わってくる
ほかに月面のブランコを揺らせるものは……?
さすがに引力には、ブランコを動かすほどの力はなかった。しかし、天体という大きな規模で考えると、まだまだ残されたパワーは存在する。
「月震」だ。
月震とは、文字通り「月で起きる地震」である。月にも地殻変動があり、地震が起こっているのだ。
地面が揺れれば、当然ながら月に建てたブランコにも振動は伝わる。果たしてブランコの座面が揺れているのか、ブランコの枠そのものが揺れているのかは微妙なところだが、ともかく「月面のブランコは揺れる」ことは間違いない。
懸念することがあるとすれば、その規模である。アポロ計画の際に行われた計測によると、月震は「時間は長いが、規模は小さく頻度も低い」のだ。
月震の継続時間は長く、1回で数時間にもわたって揺れが続くこともある。一方で、規模は最大でもマグニチュード4程度、ほとんどがマグニチュード1〜2程度の小さなものだ。頻度も月間で100回ほどと、日本と比べても多くはない。よりダイレクトで使いやすそうなパワーだったが、まさに力不足ゆえ、月震を動力とするのはなかなかに望み薄である。
かくなるうえは……!
やっぱり、もう少し大きな外力に頼りたい。必要なのは規格外のパワー。月に向かって打て、だ。まさしくムーンショット、夢はでっかく行こうじゃないか。
夢は、きっと叶う。
そう、隕石の力を持ってすれば。
▲急にアルマゲドンに
月の上には多くのクレーターがあることが知られているが、それらは隕石の衝突によって出来たものだ。月の上にあるクレーターは、大きいもので直径200kmを超えてくる。衝撃がそれだけ大きければブランコなどひねり潰せるだろう。月に代わっておしおきよ!……いや、潰れない程度に抑えてほしいのだが。
パワーは十分、あとはブランコを揺らせる確率、頻度が大切だ。
2016年のニュースによると、月面には2016年までの7年間で直径40mを超えるクレーターが222個も出来たそうだ。月のクレーターの多くは月が誕生してから早い段階に出来たものであり、現在のところ新しく出来たクレーターは年30個程度ということになる。月の広さを考えると、必ずしも多くはないだろう。
▲月には大小さまざまなクレーターがある(出典:国立天文台)
仮にその全てが直径10km規模のクレーター(十分に大きい)だったとしても、面積はひとつ78.5km2。月の表面積である3793万km2のうち、年間で約0.007%しかクレーター化しない計算になる。これがブランコにヒットしたり、ブランコ付近の地面を揺らす可能性はなかなかに低いだろう。
この数字をどう見るか、だ。あくまで大事なのは歌詞の解釈であり、「ブランコは揺れるのか」という話である。起こる確率は0でなければ、その時点で「ブランコが揺れる」とは言えるだろう。
「月面のブランコは、ごく稀に揺れる」。なんだか詩的になってきたじゃないか。
実際に揺れたら起こりうること
そして、月面のブランコは、一度揺れてしまえばスゴい。なんなら、月面のブランコは「揺れる」どころでは済まないだろう。というのも、こちらの記事にもあるように、月はほぼ真空のために空気抵抗がほとんどないのだ。
つまり、月面で運動する「振り子」はなかなかに減衰しないのである。
一度動き出したら止まらないブランコ。月面版のハイジがあったら、いつまでもオープニング映像が続くだろう。クララも重力のおかげでだいぶ立ちやすいはずだ。
もちろん、厳密に言えば支点部分の摩擦で速度は減り続けるためブランコもいつかは止まるのだが、地球よりはだいぶ長い時間揺れていることは間違いない。月面のブランコは、一度動けば長く長く揺れ続けるのだ。
「月面のブランコ」が示すもの
「めったいにない」けれど「一度動いたら動き続ける」もの。
これって、かなり「言いたいこと」なんじゃないだろうか。
なにせ、ここの歌詞は「夢」という文脈での話。めったにない、実現して欲しい理想状態だ。そして、その直後に来る「目を覚ます」という歌詞の展開が、逆説的に「永遠」の美しさを示している。
そんな夢の世界に登場する「月面のブランコ」は、動き出すことこそ稀であるが、一度動き出すと我々の予想よりも長く、長く、揺れが続くものだ。希少な永遠、月面のブランコが持つ物理的な挙動はその象徴だと言えよう。
つまりは、月面のブランコは「めったに出会えないけど、すばらしい永遠」の象徴なのではないだろうか。焦がれている恋は、まさにそういった夢のような世界なのだ。
この裏付けは、実際の歌詞にも見出しうる。実は、銀杏BOYZは「月面のブランコ」という言葉を再登場させているのだ。
その曲のタイトルはまさしく、『恋は永遠』。
病んでも 詰んでも 賢者でも バグっても
月面のブランコは揺れる 今も銀杏BOYZ『恋は永遠』(作詞:峯田和伸)
青春の恋は、永遠に続く。月面のブランコが揺れ続けるように、きれいなままで遠くにあり続けるのだ。たぶん、これはマジでそうなのである。
月面のブランコが持つ物理的特性が、詩作へとダイレクトに影響したかはわからない。多分してない。でも、そのふんわりと動き続けるイメージは、歌詞の主題を考えても、きっとなにかしら関係があるはずだ。
永遠も、一瞬も、それぞれに美しい。美しく、でも掴めない永遠。そんな理想像があるからこそ、一瞬の儚さもまた切なく美しいのだ。永遠なんてないからこそ、そこにある一瞬一瞬がとても貴重に思えるのである。
……とはいえ。永遠が実現するのであれば、やっぱりそっちのほうが良いこともある。
だから、フジロック公式さん。もし僕の記憶が正しかったら……あの動画、アップしてもらえないでしょうか? なんだかんだいって、いつでも見たいんですよ。いつまででも待ってますんで、どうかどうか、なにとぞ。
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