連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
永遠で恒久に思えるインターネット社会も、流れる時の前にあっては他の万物同様に脆く儚いものである。
運営によるBANからうｐ主の気まぐれまで、リスクは様々。「消したいけど消えない」ことばかり取り上げられるが、それと同じくらい「ある日突然、好きだったものがなくなる」こともある。まあ、古の民たちには今更言うまでもないのだが。
いつか見たあの動画、復活してないかな。無謀な検索は、ごく稀に報われるからこそ、時間を溶かし尽くしていくのだ。
ついつい探してしまう動画
ゆえに、検索履歴に「B、A」と打ったくらいで、私のYouTubeは『BABY BABY』をサジェストしてくれる。銀杏BOYZの、本を正せばGOING STEADYの大名曲だ。キャッチーなメロディと爆音に乗せて、もどかしく狂おしい青春を叫び歌う。
しかし、私がもう一度見たいのは、万感の思いを込めて歌う峯田和伸ではない。いや、そっちも見たいんだけど本丸は別だ。
その日の『BABY BABY』は、野外ステージ、おそらくは曇り空のフジロックで歌われていた。
映像はたびたび、峯田に負けじと全力で歌うオーディエンスを捉えた。全員が真っ直ぐに前を見ていた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもはっきりと歌っている彼らひとりひとりの表情を見たその瞬間に、なんだかとっても切なくて、心動かされてしまったのだ。
みんな、なにを考えているのだろう。あるいは具体的なことはなにも思い浮かばなくて、ただただ胸に去来する衝動に向けて歌っているのだろうか。そこにいるすべてのひとによって作られている『BABY BABY』が、ただただ素晴らしかった。
何度も見返したいと思ったその動画を、しばらくは見られていない。なぜ消えてしまったのかはあんまり大事ではなくて、思い出すだけで感動は蘇ってくる。だからこそまた見たいのだけれど。
美しい愛と、その儚さ。おそらくは叶わぬ恋に、それでも焦がれ続ける気持ちが、この曲にはストレートに込められている。大好きな曲だ。
とはいえ、ストレート一辺倒では名投手たり得ない。ふと投じられた変化球のような一節が、この歌詞をさらなる高みへと押し上げている。それが、「月面のブランコ」である。
どうしても気になる一節
甘いシュークリーム、君はシュープリーム
月面のブランコは揺れる『BABY BABY』（作詞：峯田和伸）
詩的なフレーズだ。ムードは、なんとなく伝わってくる。
とはいえ、その意味するところは明らかではない。ここ以外のパートがわかりやすいからこそ、一層際立って存在感があり、同時に大きな謎も残っているのだ。
「月面のブランコ」とは何なのか。何を意味しており、どうしてここに配置されたのか。ここに、歌詞をより深く理解するためのヒントがあるだろう。
……というか。
……味わう前に、まず考えたいのだが。ここはひとつ、水を差すというよりはホースでぶっかけるくらいの野暮天を許して欲しいのだが。
月面では、ブランコは揺れないのではないだろうか。
▲出典：国立天文台
月面は、無風である。月の大気はほぼ真空であり、循環なども起こっていないため風は吹いていないと考えて良いだろう。月面ではためく星条旗……という見慣れた画像も、旗竿を動かして旗をなびかせたに過ぎない。
▲アポロ17号での月面探査のようす
ならば人力で……ともいかない。人類は50年もの間、月に降り立っていないのだ。最後に月に人が降り立ったのは1972年、アポロ17号のとき。少なくともこの曲がリリースされて以来、月面に到達した人類は一人もいない。
三橋鷹女はこう詠んだ。「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」。
自らの手によって動かさねば、鞦韆、すなわちブランコは動き出さない。風のある地球ならまだしも、月の上ではなおさら、力を加えない限りブランコは動かないのである。
それでもなお、月面のブランコは揺れているとしたら、それは何を意味しているのだろうか。イメージしづらい宇宙空間の物理現象だからこそ、先入観を捨てて、理論で考えるべきだ。そうに違いない。「月面のブランコ」がどう動くのか、キッチリ考えていこう。
