連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいい話である、ということを『涼宮ハルヒの憂鬱』で学んで以降、サンタの話をすることはだいぶ減った。
小学6年生で読んだこのライトノベルの、なんとヘビーだったことか。印象的な書き出しからボーイミーツガールのストーリー、魅力的な登場人物、凝った言い回し、SF的筋書き、すべてが刺激的だった。だいぶ濃厚な感染源だったせいで、中2病は青年期の
歳を重ね病が寛解したとき、すなわちだいぶおとなになったとき、それまでとうってかわって人がサンタをさも存在するかのように語るのは、単に子供への気遣いからだけではないだろう。
クリスマスという特別な日を楽しむためのアイテムとして、サンタはだいぶ愛好されている。日常に存在しない、非日常を届けにくる異邦人として存在しているのだ。
しかし、その異邦人が全世界を挙げて歓迎されているのは、12月に都合よく登場して気づいたら去ってくれる、イマジナリーな存在だからであり、だいぶご都合主義だ。子どもたちの良し悪しをジャッジし、資金源不明のプレゼントをばらまいていく高齢男性。ティム・バートンの映画に出てきそうな怪しい存在で、よくよくそのプロフィールを想像してみると得体が知れない。
一体彼らは何者なのか。どんな人間なのか。
そんな「サンタ」の立場から書かれた、ゆえに何者なのかを掘り下げた、珍しいクリスマスソングがある。キリンジの『千年紀末に降る雪は』だ。
2000年リリースのアルバムのトリを飾る曲
堀込兄弟によるユニットとして誕生したキリンジは、メンバー変更に伴い名義がKIRINJIに変わったり、バンド形式からソロ・プロジェクト的になったりと様々な変遷を辿ったが、その存在は変わらず唯一無二である。
この曲がリリースされた2000年は、まだ兄弟ユニット期。ふたりとも作詞作曲両方をこなすのだが、この曲は今もプロジェクトに残る兄・堀込高樹による作品である。ジャズィなサウンドに乗った弟・泰行の伸びやかなボーカルもまた、大変に気持ちが良い。
ベースとピアノの低音が響く、シャンシャンしてない曲な時点でだいぶクリスマス的ではないのだが、よりこの曲の希少性を高めているのはやはり歌詞であろう。「サンタの立場から」、とは言っても、待ってろよ子どもたち〜〜的なニュアンスはまったくない。この曲が歌うのは、サンタの苦悩である。
あいつの孤独の深さに誰も手を伸ばさない
(中略)
玩具と引き替えに何を貰う?キリンジ『千年紀末に降る雪は』(作詞:堀込高樹)
こうしたフレーズに込められているのは、サンタという存在がいかに孤独であるか、という問いかけである。
サンタが注ぐのは、なんの報酬もない無償の愛だ。いったい彼らはなんのために存在しているのか。そんなことを、この曲は歌っている。
テーマ自体が新鮮かつ難解であるため、歌詞自体の人気も高く、多くの考察がWeb上に存在している。あの星野源もラジオにてこの曲について言及し、歌い手はトナカイなのではないか、トナカイの視点から書いたサンタではないか、という説を述べている。とても面白い。
珍しい「難解なクリスマスソング」
そんな最高の課題をいつも通りミクロに見ていくと、出るわ出るわ、疑問符のオンパレードである。
たくさんのクエスチョンは、歌詞の書きぶりに起因している。おそらく堀込高樹の中には明確な解答があるのだろうけれど、それを読み手にすべて提示する必要はないよね、とでも言うような省略がいくつもあるのだ。主語の省略や背景の省略が随所に見られるため、ひととおり聴いただけでは理解が及ばないのである。難解なクリスマスソングなんて、それだけでもう珍しい。
そんなフレーズ群の鍵になる、それでいて解釈の余地が広すぎるキラーフレーズが、これである。
君が待つのは世界の良い子の手紙
君の暖炉の火を守る人はいない
この永久凍土も溶ける日がくる
玩具と引き替えに都市が沈むキリンジ『千年紀末に降る雪は』(作詞:堀込高樹)
なんだそれは。何が起こっているのだ。大変に物騒なフレーズである。
玩具と引き換えにするには、あまりにも都市というのは存在がデカい。それが、引き換えとして沈むとまで言うのだ。だいぶ詩的で、だいぶ物騒で、一聴しただけではその意味が捉えづらいだろう。
とはいえ、「何を貰う?」という問いかけが、サンタの無償の愛を語るうえではとても重要なものである以上、それに対応するこの一文は解読の上で欠かせないものだ。この一節を読み解くことが、この詩を読み解くことに繋がるはずである。
クリスマスのミステリー、千年紀末に沈んでいく都市の謎。今回はそれを、雪をも溶かす重厚な熱量で追いかけてみたい。
今回は「ガチ」の回なので、やる気のある方はぜひ、まずは歌詞全体を見ながら、想定解を作った上で読み進めるのが良いだろう。
この曲のシチュエーションから読み解く
そもそもキリンジの歌詞は、世界観そのものの特殊さが魅力のひとつである。そしてそれは、必ずしも難解さとイコールではない。
深夜のチャットで知り合った相手に勝手な愛を感じる『Love is on line』や、機種変更後の携帯を歌う『都市鉱山』など、「そこに愛を見出すのか〜〜〜!」みたいな視点の曲が多く、それは別に難しくはないのだ。
しかし『千年紀末に降る雪は』は、明確に難解である。テーマ設定の特殊さだけではなく、先にも述べたような説明の省略がだいぶその難易度を高めているのである。
ゆえに、いきなり「都市が沈む」を追いかけても仕方がない。1番2番と順に見ていこう。
戸惑いに泣く子供らと嘲笑う大人と
キリンジ『千年紀末に降る雪は』(作詞:堀込高樹)
という歌いだしからして難しい。この反応、サンタに対するものというよりはむしろ、なまはげとか、ボゼ神とか、そういった来訪神に対してのものであろう。
その後も、だいぶ敬遠され、疎まれるサンタの様子が続く。サビではその愛の価値や意義を問い、せめてもの優しさをサンタへと注ぐ。このあたりが、星野源の提唱した「トナカイ説」の根拠になるのだろう。たしかに、歌の語り手はだいぶ特殊な存在のようである。
玩具と引き替えに何を貰う?
My Old Friend、慰みに真っ赤な柊の実をひとつどうぞキリンジ『千年紀末に降る雪は』(作詞:堀込高樹)
2番では逆にサンタの目線から諦念がつぶやかれ、その孤独が強調される。本人も単なる善人ではなく、1人の人間なのである。
割と長いパートがサンタの実情を描くのに割かれた(ここまではキリンジの既存の曲っぽい)うえで、物語が動き出すのはその後のCメロである。
帝都随一のサウンドシステム 響かせて
摩天楼は夜に香る化粧瓶
千年紀末の雪!
嗚呼、東京の空を飛ぶ夢をみたよキリンジ『千年紀末に降る雪は』(作詞:堀込高樹)
ここでおそらくサンタと、それに付随する人物(トナカイかも)は「東京の空を飛ぶ夢をみた」と言う。主語が明確ではないので、誰が夢を見たのか、しかも飛んだ主体が誰なのかもわからないのだが……ここで実は、なかなかに変なことが起こっている。見抜けただろうか。
サンタがサンタらしくあるなら、飛ぶ夢など見なくても良いのだ。