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連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。

5月も16日になると、29歳になってしまう。クイズを始めたのは13歳のときだから、もう人生の半分以上も同じ趣味を楽しんでいるのだ。幸せなことである。

多少の波はあれど、早押しボタンを前にしたときのハラハラとドキドキは、中学生の頃からあまり変わっていない。

拝啓 十四の私へ

そんな青春を謳歌していた2008年、私が14歳のときにリリースされたのがアンジェラ・アキ『手紙 〜拝啓 十五の君へ〜』だ。

拝啓 この手紙読んでいるあなたは」と未来の自分に悩みをうちあける歌詞は、NHK全国学校音楽コンクール中学校の部の課題曲にふさわしい内容だった。

NHKでは、この曲に合わせた特集番組を、普段の年より多く流した。遠くにいるはずの同世代がそれぞれの悩みに向き合う映像。私もお茶の間で眺めていた。テレビの向こうの誰かが、まるで自分のように思えた。恥ずかしいような、後ろめたいような、そういったものの残滓が今も思い出される。

それから、今年で15年。成長し、変化するには十分な時間である。時の流れがいつしか、私の中にひとつの疑問を産み落とした。以来ひとときも脳裏を離れないそれは、心の瑞々しさが褪せていくにつれ存在感を増すばかりだった。

 

「この曲……敬具で終わってねえじゃん。」

 

私はもう、大人になってしまったのだ

この社会からの圧力で、感受性は擦り切れてしまった。どんなに些末なことでも、世間が求めるカタチから遠ければヒヤッとする、無用な過敏さだけが残ったのだ。こんな世の中のせいで、こんな世の中のせいで……。

▲私のせいなのか、それとも時代のせいなのか

そもそも「拝啓」も「敬具」も、「つつしんで申し上げる」という同じ意味の単語である。2つの言葉をペアで用いたのは大正時代ごろかららしい。意外と浅いじゃん。なんで2つ重ねるのかもタマムシ色で不明瞭。でも、そういうマナーだからそうすべきなのだ。

それに、たとえ私ひとりが気にしなくとも、必ずや第2第3の野良マナー講師が現れ、この問題を指摘していくだろう。

熱帯夜に吹き出す汗のように、マナーはまとわりついて離れない。

やるべきことはひとつ

……追求から逃れる方法はただひとつ。

なんとかして、この完成度の高い歌詞に「敬具」を織り交ぜるのである。

自然な「敬具」を歌詞に仕込むのは難しい。

なにせ、敬具と書いた以上は手紙を「終わらせないといけない」からだ。

たとえばこれが一世風靡セピア『前略、道の上より』なら、曲終わりの「素意そいやっ! 素意そいやっ!」のところを一回「草々っ!」といえば上手に閉じられる。Hump Backの名曲『拝啓、少年よ』も長めのアウトロに紛れ込ますことはできるだろう。

しかしながら、『手紙』はアウトロがほとんど存在しない。歌い出しと同じメロディをなぞって、美しい余韻とともに終わるのだ。Keigu isn't calling

▲なんという完璧な布陣

諦めるのはまだ早い。

手紙を書く際には、「P.S.」もしくは「追伸」という便利なツールがあるではないか。これで、「敬具」のあとでも好きなだけ文章を続けられる。だからこそ―あがくのだ。

この必殺技をふまえて、歌詞に挟み込める場所を探してみよう。

アンジェラ・アキに死角なし

……結果から申し上げる。非常に厳しい戦いだった

「敬具」と韻を踏める部分は、わずかながら存在する。サビ終わりにある「今を生きている」の「ている」は、「敬具」に置き換えることが可能だろう。

ただ、当然ながら「生きている」という言葉が失われるので、意味が通らない。前回の「メマイ」に比べたら遥かに重要性の高いワードだ。

▲まだしゃべってる途中なのに

そもそも、青春の苦悩を吐露する1番、大人になった自分から励ましを送る2番……という構成が完璧すぎて付け入る隙がない。どの言葉も不可欠である。

苦戦を強いられる中、わずかな余白を見いだしたのはCメロだった

人生の全てに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて
Keep on believing

アンジェラ・アキ『手紙 〜拝啓 十五の君へ〜』(作詞:アンジェラ・アキ)

力強い曲調へと変化するこのパートでは、最後に何度も「Keep on believing」というフレーズが繰り返される。ここで盛り上がってから静かにサビへと戻る展開が最高に好きなのだが……マナーを担保するためには、ここしか余地がない。ええい御免!

 

 

 

 

 

 

 

わかっていたのだ。はなから無粋な挑戦であることなど。野暮な思いつきに、無謀という罪を重ねては、14の俺に面目が立たない。敗北だ。

マナーは、マナー以上でも以下でもない。伝えたい言葉が過不足ないものであれば、それ自体が相手のことを考え抜いたという、この上ない敬意になるのである。


伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は伊沢に余程のことがない限り毎週木曜日に公開します。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト 」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。

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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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