連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
東大といえば赤門のある本郷キャンパスが有名だが、入学当初はみな別のキャンパスに通うこととなる。目黒区にある駒場キャンパスだ。
▲東京大学駒場キャンパス正門 via Wikimedia Commons Kakidai CC BY-SA 4.0
渋谷から井の頭線で2駅、その名も「駒場東大前駅」を降りてすぐの駒場キャンパスは、主に1、2年生の授業に使われる。徒歩にして10分でたどり着ける渋谷が、若い東大生たちの遊び場だった。
私自身、地図無しで歩けるほどには渋谷の街に慣れ親しんだ。街に溶け込んでいくような安心も、ギラギラした怖さも、自分から見た渋谷という街の一部である。
渋谷という街のイメージは、欅坂46の『サイレントマジョリティー』からK DUB SHINE『渋谷のドン』に至るまで、マクロからミクロ、多種多様に音楽へと取り入れられている。若者やトレンドを象徴する存在と言えよう。
そんな中でも、一際つぶさに実情を切り取っているのがSuchmos『STAY TUNE』だ。
『STAY TUNE』は「渋谷」を歌っている
2016年に車のCMソングとして大ヒットした同曲は、オシャレなサウンドに隠れてあまり知られていないものの、渋谷の街を歌ったものである。しかも、内容は「ネガティブな渋谷」。人混みや酔客に対する嫌悪感をメッセージにした、攻めの曲だ。
とはいえ、COOLなサウンドとの適正か、表現自体はわりと抑えめ。英語やイニシャルトークを織り交ぜているため、一見して意味が取れないパートも多い。
その中でも、特に勘ぐりたくなってしまうのが、サビ前の一節である。
ブランド着てるやつ もう Good night
Mで待ってるやつ もう Good night
頭だけ良いやつ もう Good night
広くて浅いやつ もう Good nightSuchmos『STAY TUNE』(作詞:YONCE・HSU)
うんざりとした気持ちを表す、「もう Good night」の連続。その中に突如として、不思議な「M」が登場する。
Mとは、いったい何なのか。
この疑問、実は曲の人気が出た当初から多くの人に検証されてきた。「マゾヒズム」「マクドナルド」などが有力と見られていたが、作詞に携わったHSU本人によってこれらは否定されている。
当然ながら、うわべだけの理解ではこの「M」を解き明かすことはできないだろう。なんなら、解き明かす意味すらないのかもしれない。Suchmosは渋谷、もしくは都心に魅力を感じていないのだから、MがQでもXでも言いたいことは変わらないのだ。
しかし、私は渋谷という街を歩いてきた男。「M」とは何か、そしてMで待ってるやつにうんざりする気持ちも、よ〜〜〜くわかる。あの街の酸いも甘いも経てきたからこそ、あたかも自分の歌のように思えてくるのだ。
▲すべてあるようで、何か足りない気持ちにさせる街、渋谷
私は代弁者でありたい。東大の男として、渋谷の男として、渋谷未経験な皆様に眠らぬ街を追体験いただこう。
伊沢が“代弁”したい「M」のリアル
まず言っておくことがある。このM、通り一遍の答えじゃない。
センター街の奥にそびえるメガドンキや、スケーターの聖地・宮下公園など、人が集う待ち合わせ場所が渋谷にはたくさんある。しかし、これらはMの正体ではない。相手としてデカすぎて、伏せ字にする意味がないからだ。「反骨精神」がテーマのひとつであるこの曲においては、むしろ名前を出したほうが良い相手であろう。
より「待つ」場所で、かつ伏せ字にする意味のあるMが、渋谷にはある。
そう、「マーク下」だ。
▲「渋谷マークシティ」の「マーク下」
井の頭線の出口を出て左のエスカレーターを降りたところに、マーク下はある。渋谷マークシティと呼ばれるエリアの入口部分、屋根に覆われた広いスペースを「マーク下」と呼ぶのだ。東大生は。
このマーク下、アクセスの良さや広さを理由に、東大生の待ち合わせ場所として使われまくっているのである。新歓コンパに行くときの待ち合わせはほぼこのマーク下であった。他の大学生も集まっていたりはするのだが、この用語は東大でのみ通用するらしい「合言葉」だ。ならば、頭文字に略してもよかろう。
▲東大の外にも「東大あるある」はある
あまりにも多くの人が集まるマーク下。人混みに嫌気がさして、もう Good nightしたくなるのは自然な話だ。
かくいう自分にとっても、友達が減り、没交流だった2年次以降は「障害物の多い場所」でしかなかった。
一人暮らしを始め、個人的時間を満喫していた自分はいつからか人とのつながりを失っていた。日が昇るまで起きていて、日が傾いた頃に目覚める日々。このままではまずいと心のどこかで思いながらも、そこから抜け出す方法を知らなかった。
バイトから帰る道すがら、CDを返しに行く道中。井の頭線を降りて街へと向かう途上で見かけるフレッシュな学生たちが、自分にとっては重たい存在だった。もう戻れない過去に目を背けながら、心のなかではこう強がるのだ……。
「マーク下で待ってるやつもう Good night」
……過去の嫌な思い出がフラッシュバックしてしまった。よくよく考えると、多くの人にとっては楽しい会に向かうワクワクの出発点。あくまで私がマイノリティなだけで、Good nightされる対象ではなさそうだ。