ごきげんよう。﨑山です。VTuberの労働に関して書いた修士論文を提出し、大学院を修了しました。
この春、大学/大学院に合格し新たに学生となる人や、ゼミ配属などがあって研究活動を始める人もいらっしゃるでしょう。
しかし、「研究って何をすればいいんだろう」とか、「研究テーマが決まらない」とか、研究には何かと悩みがつきものです。
そこで今回は、哲学者の
東京大学大学院で博士課程を取得し、現在は千葉工業大学非常勤講師。フランスの哲学者ポール・リクールの研究に取り組むとともに「VTuberの哲学」という新たな学問分野の立ち上げに挑む。著書に『VTuberの哲学』(2024年,春秋社)などがある。
神戸大学大学院人文学研究科社会動態専攻修士課程修了。修士論文では、VTuberを労働社会学の側面から研究。著作は特にない。
目次
◎研究分野とどう出会う? 哲学・VTuberそれぞれの入口
◎「VTuberの哲学」という学問の開拓「できないわけない!」
◎何をしたら“研究”になる?「料理と近い」
◎研究で大事なのは“オタク仲間”
研究のはじまり
哲学との出会いは「自分の状況をズバリ言い当てられて」
──まずは、山野さんが哲学に興味を持ったきっかけや、専攻するに至った経緯を聞かせてください。
山野さん 実は、最初から哲学に興味があったわけではないんです。僕はもともと上智大学の史学科に入学しました。というのも、その頃、哲学とはひとりの頭の中を解釈する学問だと思っていて。それよりも、歴史学を通して過去の人々の全体的、社会的、文化的な傾向を研究した方がいいんじゃないかと考えていたんです。
──「哲学を専攻するぞ!」と決めて大学に入学したわけではなかったんですね。

山野さん 大学生になってからのあるとき、とにかくたくさん本を読もうとがんばった時期があったんです。そうしたら、「本を読んでどう思った?」と聞かれたときに、まず「本の作家はなんと言ってたっけ?」と思い出すようになってしまって。人の言葉でしか考えられなくなっちゃったんですね。
そんなときに、大学の図書館で、ショーペンハウアーの『読書について』という小論を読んだんですよ。
山野さん そこに、「本を読むっていうのは、他人の頭の中で考えることだ」「本を読めば読むほど馬鹿になる」って書いてあったんです。それを読んで、この本はほかでもない、自分に向けて書かれていると確信したんですよね。
山野さん ショーペンハウアーにずばり言い当てられてから、哲学は普遍的なことを語る学問なんだと、自分の中で哲学に対する認識が一気に変わりました。人間や世界についての普遍の構造を探求する点に魅力を感じたんです。

山野さん その後、彼の主著『意志と表象としての世界』をがんばって読むと、冒頭に「私の精神的な父はイマヌエル・カントだ」みたいなことが書いてあったんです。「じゃあ今度はカントを読もう」と思って『純粋理性批判』を読んでみたんですが……1ミリたりともわかんないわけですよ。それで、「ちゃんとカントを知りたいぞ」って思ったんですよね。
『純粋理性批判』:カントの代表的な著作。『実践理性批判』『判断力批判』とともに「三批判書」に数えられる。
──山野さんはショーペンハウアー越しに、哲学についてさらに踏み込んでみたんですね。カントのことは全然わからなかったのに、そこで気持ちが折れなかったのがすごいです。
山野さん ショーペンハウアーのことを「精神的な父だ!」と思っていたから、その彼がカントを精神的な父と言うのなら、「カントは僕にとって精神的な祖父だ!」と思っちゃって(笑)。読みたい気持ちが勝ちましたね。
上智大学には、カントの大家とも呼ばれる大橋容一郎先生がいらっしゃったので、何度もアドバイスをいただきながらカントの本を読んだり、ゼミに参加したりしました。
もともと興味のあった歴史学は、過去を客観的に認識することが大事な学問だと考えていました。ただ、過去のことを考えるのは、今我々の周りに広がる現実自体を客観的に認識できてはじめてできる「応用問題」だと思うんです。「対象を客観的に認識する」ことがいかにして可能かということを、僕は問題意識として持っていたんですね。

VTuberとの出会い
──では、山野さんはVTuberとはどのように出会ったんでしょうか?
山野さん VTuberと出会ったのは僕が大学院に入った頃で、2021年ですね。自分がVTuberリスナーになったのはかなり後発組なんです。VTuberのさきがけとして、キズナアイさんやバーチャルYouTuber四天王が登場したような、いわゆる黎明期からリスナーをしている人はいますが、その頃僕はVTuberを見ていなくて。
バーチャルYouTuber四天王:
山野さん 僕がVTuberと接点を持ったのは、新型コロナウイルスの影響で自宅待機を余儀なくされる生活の最中。YouTubeで突然VTuberがオススメされて見るようになった人たちが増えたんです。僕は「コロナ禍巣ごもり需要期」って呼んでいて、僕自身もそうやってVTuberに出会いました。
──なるほど。実は僕も「コロナ禍巣ごもり需要期」に見始めたひとりです。最初に見たのは誰でしたか?
山野さん
──僕も『ドラクエ』シリーズが好きで、同じミラー配信を見ていたと思います。
山野さん そこから白銀ノエルさんの歌も聴いたりして、みるみるうちに沼にハマっていきましたね。
哲学とVTuberの接点は「VTuberの説明に困って」
山野さん ただ、それと同時に、いま自分がハマりつつある目の前の対象がどういう存在なのか、ということが非常に説明に困ってしまったんです。
──「説明に困った」というと?
山野さん 「VTuberってなんなの?」って人に聞かれたときに、全然うまく答えられなくて。どう答えても違ってる気がするんですよ。VTuberにはフィクションのプロフィールもあるけれど、リアルな人格もあるわけですよね。アニメのキャラが「ドラクエⅣが好き」なんて発言しないわけですよ。
「VTuberという存在者をどう説明するのが最も適切なのか」「彼らが担っているVTuber文化、VTuberという現象をどういう言葉で説明するのが最も適切なのか」ということへの関心が湧いてきたんですね。
──なるほど。自身がハマっているVTuberを上手く説明できないもどかしさと、先ほどおっしゃっていた「哲学は普遍的な構造を探求する」という部分がつながって、VTuberと哲学に接点が生まれたんですね。
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