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こんにちは! 医学部生の古郡 将也です。

突然ですが、「医学部」と聞いて思い浮かべる職業は何でしょうか? 

ほとんどの方は、医師などの医療従事者を想像するでしょう。それもそのはず、2022年の調査では、医師として届け出ている人のうち、95.4%が医療施設で従事しています。

しかし、医学部を卒業した人の中には、医学以外の分野でも活躍した人が少なからず存在します。「実は医学部を卒業していた偉人」も、結構いるんですよ。

ということで今回は、実は医学部を卒業していた作家4人ご紹介しようと思います!

陸軍の軍医だった! 森鴎外

まずは森鴎外です。『舞姫』や『高瀬舟』などの作品で有名ですが、医学部卒の作家の中でも、特に医師としてのエピソードも知られている一人と言えるでしょう。

▲森鴎外

森鴎外は現在の島根県に生まれました。10歳で父とともに上京すると、2年後東京大学医学部予科に入学し、史上最年少で東京大学医学部を卒業します。医学部卒業後は陸軍軍医となり、軍の衛生学の調査や研究のため、ドイツへの留学も経験しました。

帰国後は軍医としての仕事のかたわら、小説『舞姫』『山椒大夫』『高瀬舟』や、史伝『渋江抽斎しぶえちゅうさい』などの作品を執筆しました。なかでも『舞姫』は彼のドイツ留学の体験を下敷きに執筆されており、主人公の豊太郎鴎外自身であるとされています。

▲ベルリンにある森鴎外記念館

芥川龍之介を診察したことも! 斎藤茂吉

次に紹介するのは斎藤茂吉です。国語の教科書で

みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる

という短歌を見たことがある方もいるかもしれません。

▲斎藤茂吉

茂吉は、1910年に28歳で東京大学医学部を卒業しました。同じく東京大学医学部を卒業した森鴎外とも交流があり、彼よりも20歳年下ながら、鴎外が自邸の観潮楼かんちょうろうで開いていた歌会に参加したこともありました。

▲観潮楼の跡地には、現在は文京区立森鴎外記念館が建っている

茂吉は医師としては精神医学を専攻し、晩年の芥川龍之介睡眠薬を処方したことがあります。また、芥川龍之介が服毒自殺をする前年にも彼を診断しており、その時の様子を「神経衰弱ト胃病トガアル。イロイロノ『内憂外患』トガアルト云ツテ弱ツテヰタ」と記しています。

▲芥川龍之介

茂吉自身は、精神病医が本職であるという姿勢で創作活動にあたり、日常的に精神疾患の患者と関わるなかで、歌壇の歴史においても類例のない世界をつくり出しました。

次ページ:あの漫画家も! まだまだいます、医学部卒の作家たち

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この記事を書いた人

古郡 将也

東京科学大学医学部3年生の古郡将也(ふるごおり・まさや)です。 ピアノ、競技プログラミング、乃木坂46、さらば青春の光などが好きです。 読んでいて面白くてためになる記事を書きたいです。 よろしくお願いします!

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