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2006年に出版された『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』は、「21世紀の世界がどのようになっていくか」を予測した書物である。

著者はフランスの思想家ジャック・アタリ。彼はフランスのミッテラン大統領の大統領補佐官やヨーロッパ復興開発銀行の初代総裁を務めるなど、「ヨーロッパ最高の知性」と称えられた人物だ。

本書の前半は、人類がたどってきたこれまでの歴史を概観している。つまり、過去を知ることで未来の予測が初めて可能となるだろうということだ。アタリが人類の歴史をどのようにとらえたかを見ていこう。

資本主義は、いかなる歴史を作ってきたのか?

人類の歴史は、長期的に見れば強固な「ある方向性」に向かって展開してきた。それは、「いかなる時代においても、人類は他のすべての価値観を差し置いて、個人の自由に最大限の価値を見出してきた(p.19)」ことである。言い換えれば、人類の歴史とは個人の台頭の歴史である。

個人の自由を獲得するために人類は2つの画期的なシステムを生み出した。それは、「市場」と「民主主義」である。市場は個人の自由を担保しながら富の創造・分配をつかさどり、市場の自由によって政治の自由も生み出され、民主主義が誕生した。

歴史上人類の富は3つの形式によってかわるがわる支配されてきた。1つ目は宗教的指導者による「典礼の秩序」、2つ目は軍事的指導者による「皇帝の秩序」、そして3つ目が「市場の秩序」である。市場の秩序(=市場民主主義)がはじめて定着したのは12世紀になってからであった。

次に本書のキーワードとして「中心都市」の概念が出てくる。中心都市とは、「ある時代における市場民主主義の中心地」のことだ。これまでに9つの中心都市が興亡をくりかえしてきた。

最初の中心都市は12世紀のブルージュ(ベルギーの都市)だった。その後、ヴェネチア、アントワープ、ジェノヴァ、アムステルダム、ロンドン、ボストン、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルスが中心都市である。中心都市は時代とともに東から西へ移っていった。

中心都市には市場民主主義の中心として莫大なマネーが集まる。また海運業者、起業家、技術者などの「クリエイター階級」が集結し文化が花開く。中心都市の周りには「周辺都市」がいくつも存在し、労働力と農産物を中心都市に提供する。中心都市は、経済危機や戦争などでクリエイター階級や周辺都市を失うことで廃れ、別の成長原理によって支えられた新しい中心都市が生まれる。

1980年ごろから現在に至るまで中心都市は、ロサンゼルスに代表されるアメリカ西海岸にある。ロサンゼルスの次の中心都市はどこになるだろうか。

本書では、様々な都市について次の中心都市になり得るかを検討している。その中には東京も含まれている。東京は1980年代に中心都市となる可能性があったが、なり損ねてしまった。その理由は、既存の産業・不動産から生じる超過利得と官僚周辺の利益を過剰に保護してきたこと、そして外国から優秀な「クリエイター階級」を呼び込むことに失敗したことだという。

アメリカが未来永劫にわたって中心都市であり続けるかについては否定している。アメリカは自国の赤字解消とインフラ整備のために世界から撤退する。2025年から2035年の間にカリフォルニアの9番目の市場の秩序は崩壊し、その後世界はいくつかの支配的な勢力によって共同統治される「多極化」の時代に突入すると述べられている。

ジャック・アタリが予測する21世紀の歴史

本書の後半は3つのキーワードとともに21世紀の歴史が語られる。3つのキーワードとは、「超帝国」、「超紛争」、「超民主主義」だ。特に3つ目の「超民主主義」については私には「そんなものが来るのだろうか」と思ってしまった。

人類の歴史は個人の自由を希求する物語だった。人類は、市場と民主主義を生み出した。しかし、市場が民主主義を飲み込む日がやってくる。

究極の市場主義が支配する世界では、これまでに行政が担ってきた医療、教育、自治、軍事がだんだん民間によって管理されるようになり、国家が弱体化する。医療・教育・文化など、公益を確保しなければならない部門までもがマネーによって汚染されてしまう。また、エンターテインメントと保険産業が強大化する。この21世紀の第1の波を「超帝国」と呼ぶ。

次に、希少資源をめぐって、国境をめぐって、宗教をめぐって世界中で紛争が起こる。弱体化した国家になすすべはなく、私設軍隊、テロ組織、マフィア、傭兵によって仁義なき殺し合いが行われる。化学兵器、生物兵器、核兵器などあらゆる兵器が使われる。この第2の波を「超紛争」と呼ぶ。

人類は、マネーと紛争による破滅を防ぐことはできないのだろうか? アタリは、世界が完全に破滅する前に第3の波がやってくることを信じている。「超民主主義」だ。

「超民主主義」は、愛他主義に基づく世界市民である「トランスヒューマン」と市場主義の枠組みで人類の幸福を中心に据えた「調和重視企業」(NGO組織などがその萌芽である)によって作られたユートピアだ。あらゆる人々が「心地よい時間」を手に入れ、自由に若々しく暮らす。こんな世界が2060年ごろにやってくる。


本書は以上に述べたストーリーとともに、具体的にどういった国が今後どのような運命をたどるかについても様々な「ありうる未来」が描かれている。出版からすでに10年が経過し、一番最初の未来予測が正しかったかを検証することが可能になっている。実際、本書の帯には「リーマンショックを予測した」と大々的に書かれている。

ただ、私はそもそも国際情勢や世界史にあまり明るくないし、本書の「検証」のためにこの本を手にしたわけではないので、この本の的中率について書くことはやめておこう。

本書で書かれた未来は衝撃的である。市場民主主義の行く末にある、「超帝国」、「超紛争」、そして「超民主主義」がまったく同じ形で実現するとは思えない(というか実現してほしくない)。過去の歴史から経験的に得られた法則を、人間の性質を極端に単純化(そして増幅)させたうえで未来に適用させた結果、という気がする。しかし、理学部に在籍する私は、「経験的に得られた法則を、現実を単純化させたモデルに適用して、未来を予測する」ことを生業としており、本書はこれに通じるものがあり、とても楽しむことができた。

とある作品に登場した「世界線」の概念のように、未来はほんのちょっとしたことで大きく変わる。だから原理的には誰も未来を予測できない。しかし、現在と過去から未来を論理的に予測することはとても面白い。350ページの大著だが表現は平易で読みやすいので、オススメしたい。

サムネイル画像 Via 中央大学公式YouTube

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この記事を書いた人

S.O.

現在は東京大学大学院博士2年。QuizKnock最初期にいくつか記事を書いていました。

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