アンペルマン、まさかの粗大ゴミに
こんなにかわいくて優秀なアンペルマン信号機ですが、1989年以降に撤去が進みます。
なんと、粗大ゴミとして路上に放置されていたものもあったとか。
その理由は、冷戦が終結したから。
米ソ間で核軍縮に向けた交渉が進んだことや、ソ連が停滞していた経済体制を見直す改革を主導したことなどにより、この二国間の緊張は緩和してきました。「ベルリンの壁」も取り壊されます。
これに伴い、東ドイツは西ドイツに編入されたのです(東西ドイツ統一)。


元・東ドイツでは社会主義の名残を払拭することが目標とされたので、計画経済から市場経済に移行しました。東ドイツの日常の一部となっていた、特定の文化も排除されていきます。

アンペルマンとて、例外ではなかったのです。
ですが、アンペルマンを愛する人々は黙っていませんでした。あるデザイナーが廃棄済みの信号機を回収し、壁掛けランプに加工する活動を始めます。「信号機を救おう!」という委員会を結成する人も。
こうした市民の声を受け、アンペルマンは完全な撤去を免れました(よかった〜〜)。
現在では、ベルリン以外のドイツ各地にも設置されています。

こうしてアンペルマンを支えた活動の裏にあるのは、可愛いキャラクターへの愛着だけではないかもしれません。
複雑な「懐かしさ」を抱いて
元・東ドイツの人々は、急に新たな国と経済圏に組み込まれたことで、大きな変化を経験しました。
統一直後の経済は不安定であり、1989年から1992年にかけて元・東ドイツにおけるGDPが約30%も低下するほどでした。
また、国民の全員に働く機会を保証していた社会主義から資本主義に体制が移ったことで、失業率は0%から約9%に増加。強制的に時短勤務をさせられていた人も多く存在しました。
大きく改善したものの、現在もこうした経済的な東西格差は続いており、元・西ドイツの州に比べて元・東ドイツの州の経済力は73%にとどまります(2020年)。

私の留学先の教授は東ドイツ出身だったのですが「現在も主要な政治家や学者は西ドイツ出身が多く、肩身が狭い思いをすることもある」と教えてくれました。特に高齢者の方や東西ドイツ統一で大きな苦労をした方は、東ドイツでの文化や生活を懐かしむことが多いそうです。
なるほど……。アンペルマンをきっかけに、「東西ドイツ統一」の一言では表しきれない、さまざまな経験や感情に触れたように感じました。
さいごに
冷戦やドイツ東西分断については世界史の授業で学んだだけの人が多いかもしれませんが(私もそうです!)、アンペルマンは「東ドイツでの生活の証拠」として歴史を伝えると同時に、人々の安全を見守ってくれています。

実は日本の白金高輪にもアンペルマンのグッズショップがありましたが、現在は閉店してしまったようです。残念……。
オンラインショップやSNSアカウントがあるので、覗いてみると癒されるかも?
みなさんもアンペルマンを通じて、ドイツの歴史と現在に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
それでは tschüss(さよなら)!
【画像出典】 【あわせて読みたい】
・ベルリンの風景:via Wikimedia Commons dronepicr CC BY-SA 2.0
・東ドイツの風景:via Wikimedia Commons Bundesarchiv CC BY-SA 3.0
・ベルリンの壁の開放:via Wikimedia Commons Sue Ream CC BY-SA 3.0
・トラバント車:via Wikimedia Commons burts CC BY-SA 3.0
・露店:via Wikimedia Commons Florian B. CC BY-SA 2.0
(画像は一部加工・トリミングしています)










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