まだ日本国内ではさほど注目されていないが、2026年、実は世界的にとても重要な選挙が行われる。国際連合(国連)のトップ、国連事務総長を決める選挙だ。

……といってもピンと来ない方が多いだろうから、「そもそも国連ってどんなイメージ?」というところから話を始めよう。
日本の学校で社会科の授業を受けると、「各国が平和的に問題を解決する場」「貧しい子どもたちや国々のために尽くしている機関」のように教わることが多いかもしれない。
身近なところでは募金活動や、公民館などの階段でステッカーを見かける「SDGs」の普及……さしずめ「理想を実現するための世界的な政府」といったところだろうか。
Loppi募金で、国連WFP協会への募金を受付開始しました。
— ローソン (@akiko_lawson) October 2, 2023
学校給食の提供、母子を対象にした栄養状態の改善などの活動に役立てられます。ご協力お願いします(^^)#ローソン #ローソンのSDGshttps://t.co/RIGmnaC0ew pic.twitter.com/GOChtHnzjj
▲こういったポスターのイメージが強いだろう
しかし。その実態は、むき出しの権力闘争が繰り広げられる「闘技場」と言ったほうが正確かもしれないのだ。
「国連」という名称のワナ
突き詰めれば、「国際連合」という日本語の訳からも若干の誤解が生まれているかもしれない。英語での名称は“United Nations”。これは直訳すると「連合国」といった意味だ。

ここで歴史の授業を思い出すと、「連合国」とは第二次世界大戦で日本などと対立した陣営(アメリカ・イギリスなど)のこと。「国際連合」という響きからは「世界のあらゆる国の連合体」といったイメージも感じられるが、少なくとも発足当初は「戦勝国の集まり」という側面をもっていたのだ。

国連は権力闘争の場
国連事務総長にしても、表向きは「世界の代表」のようなたたずまいだが、実際には大国の思惑に大きく左右されるポストだ。
たとえば1996年のこと。国連の独立性を重視し、大国の意向に必ずしも従わない姿勢をとっていたエジプト出身のブトロス・ガリ事務総長(当時)は、アメリカに引きずり下ろされる形で再選を阻まれている。

「縁故主義」の体質もぬぐえない。韓国出身の潘基文・元事務総長は在任中、同郷の職員を多く登用して批判を受けた。

国連は時に、各国が国際社会の中で有利な立場を築くための踏み台としても使われる――いわば「弱肉強食」の世界なのだ。
筆者はこれを「闘技場(バトルスタジアム)」にたとえたい。

重要なのは、「バトルスタジアム」という場が存在することには極めて大きな意義があるという点だ。問題が起きたとき、争うよりもまず各国が集まって話し合う場を設けたこと、これは人類史上画期的な発明だ※。ただし、そのスタジアムの中でどんなゲームが行われるかは別問題、というわけである。
※国連の発足以前は「国際連盟」が平和維持を担っていたものの、大国の不参加などにより機能不全に陥り、第二次世界大戦を招くことになった。
「まともで分別のある」大国という幻想
そんな国連は現在、危機を迎えている。国連の大前提となっていた考え方が、戦後80年を経て崩壊しかけているのだ。
国連が発足した当初、すなわち第二次大戦に決着がついた1945年時点で、前提とされていたのは「分別ある大国が協働して世界秩序を守る」という考え方だった。
たとえば、国際平和に主要な責任を持つ国連の機関「安全保障理事会」は、第二次大戦の戦勝国となった5つの「常任理事国」を中心に運営されてきた。

しかし現代社会に目を向ければ、責任感と分別のある国だったはずのロシアはウクライナに侵攻し、中国は台湾(中華民国)への圧力をかけ続けている。アメリカもまた2003年のイラク戦争など、国連の承認なしに軍事行動を起こしてきた歴史がある。
常任理事国には1カ国の権限で決議を否決できる「拒否権」が与えられているが、これも意思決定を麻痺させている一因だといわれる。日本の石破前首相は昨年(2025年)9月の国連総会で「拒否権15年凍結」を提案し、委員会の機能不全に疑問を投げかけた。
世界の「リアリズム」を知るということ
では、日本ではなぜ「国連=善良な機関」というイメージが浸透しているのか。要因はさまざまあるが、ひとつには「国連中心主義」という戦後日本の外交方針が挙げられる。
敗戦国としてイチからの出直しを求められた日本は、「国際連合中心」「自由主義諸国との協調」「アジアの一員としての立場の堅持」の3点を外交の柱とし、国際社会からの信頼獲得、そして平和への貢献を目指してきた。その結果として大きな紛争に巻き込まれることなく、世界の中心国のひとつとなったのはご存じの通りだ。
私見になるが、戦後日本を取り巻く環境、あるいは「勤勉」とされる日本人のマインドに、「国連の決議に平和的にしたがう日本」という物語が極めてうまく合致した、ということではなかろうか。

もちろん、人権保障や貧困への取り組みなど、国連が世界を「善く」するための活動に努めてきたのは疑いようのない事実だ。日本が少なくない分担金を負担して、それに貢献してきたことも。
今日は #国連平和維持要員の国際デー️🕊️🕊️
— 国連広報センター (@UNIC_Tokyo) May 28, 2023
1948年以来、200万人を超える国連平和維持要員が、持続可能な平和と進歩のために様々な活動に取り組んできました。
彼らの活動は、私たち一人ひとりが平和のために行動を起こすよう奮い立たせてくれます!
🕊️#平和は始まる 私から🍀#PeaceBegins #PK75 pic.twitter.com/VWwLqhdGGP
▲地域紛争に対処する「平和維持活動(PKO)」
筆者が提案したいのは、現代人が社会と向き合う上での選択肢のひとつとして、世界はむき出しの欲望と国益によって動いているという側面を知る機会があってもよいのではないか、ということだ。
国連はまさにその好例。いわば左手に理想、右手に槍を持って、泥水の中になんとかオアシスを作ろうとする組織なのである。
事務総長選挙のゆくえ
話を冒頭に戻そう。
事務総長職は慣例的に、おおよそ地域ごとに持ち回りで受け持つ傾向にある。次のポストはラテンアメリカ・カリブ海諸国の人材が有力とみられており、現状の選挙戦で目立つのも中南米出身の候補者だ。
またこれまでの9名の事務総長はいずれも男性で、「次は女性を」と望む声も少なくない。

加えて注目すべきポイントは、トランプ政権が2期目を迎えるアメリカの動向だ。
現在の事務総長であるポルトガル出身のグテーレス氏は、トランプ氏が大統領になる(1期目)以前からポストに就くことが決まっていた人物。トランプ氏からすれば、次の選挙は「自身の影響力が及びやすい国連」を築けるかもしれない、絶好のチャンスなのだ。

アメリカといえば、南米・ベネズエラでの軍事作戦が世界に衝撃を与えたばかり。「西半球」(主に南北アメリカ大陸)での影響力拡大を目論む中、アメリカがどんな候補を望むか、それを受けて他の常任理事国がどう対応するかは、今後数年の世界情勢を考える上で極めて重要なファクターだ。
国連のトップを決める選挙は、すなわち各国の思惑を映す鏡のようなものだといえる。日本国内は衆議院解散・総選挙の話題で持ちきりだが、今年は私たちの生活と地続きの「もうひとつの選挙」にもぜひ注目いただきたい。秋ごろの事務総長決定まで、QuizKnockの記事でも選挙戦に動きがあれば随時お伝えしていく予定だ。
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【画像出典(画像を一部加工しています)】
グテーレス氏:Wikimedia Commons Keepscases CC BY-SA 3.0
ブトロス・ガリ氏:Wikimedia Commons Photo Claude TRUONG-NGOC CC BY-SA 3.0
潘基文氏:Wikimedia Commons CC BY 2.0
安全保障理事会:Wikimedia Commons Bernd Untiedt, Germany CC BY-SA 3.0
国連大学本部:Wikimedia Commons ペン太 CC BY-SA 3.0




























