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『$10』ぴったりのクイズを考えよう

私がクイズを作るときは、もっぱら条件を整理するところから始める。誰に出すか、どういう気持ちになってほしいか、何を伝えるか。クイズプレーヤー同士で遊ぶときは何も考えずに作ってしまうときもあるが、お仕事として作る問題はある程度プロダクトとしての意識を持って進めることになるのだ。

そんな私が、3択クイズを作るときに考えることはざっと以下の通りである。

・正解率を、選択肢の作り方で操作したい。つまりは明確な「これくらいの正解率を目指したい」という狙いがある。
・選択肢がないよりは答えやすい出題となる。フレンドリーな出題のために3択を選ぶ。
・情報を伝えたいとき、それっぽい誤答選択肢の中に正答を混ぜることで驚きを強調する。「え〜、そっち!?」という驚き。

こんなところか。総じて、「超難問」というテイストではなく、解きやすいことが意識されているのではないか、と推察できる。もちろん競技的なシーンで使うこともできるが、ひとまずは情報伝達のためのマイルドな一問、という可能性のほうが高そうである。

その上で、改めて選択肢に注目したい。ここがカギだ。

A-1 dollar B-2 dollars 淫ら No, no, no.....
愛さえあれば何も要らないなんて 全部ウソさ C-10 dollars

SMAP『$10』(作詞:林田健司・森浩美)

というのも、ここに並んでいる3つの解答候補が、だいぶ変なチョイスなのである。

1ドル、2ドル、10ドル。Cだけ飛び過ぎである。

3択の選択肢というのは、3つ並列に並べたときの脈絡が大切になる。1、2、10という並びにはその脈絡がないのだ。1、2、⑨ならまだしも

自然さを考えるなら1、2,3。もしくは発行されている米ドルに併せて1、2、5あたりが自然であろう。10ドルが答えなら、5ドル、10ドル、20ドルだったり、1ドル、10ドル、100ドルみたいなこともできる。比較してみると、1、2、10はより不自然だ。

つまりは、ここに出題者の何らかの意図が介在している、と見ることができるだろう。不自然な選択肢の並びには、作為が込められているはずなのだ。

では、それはなんだ。それがこの問題を明らかにする最大のヒントになるだろう。

おもしろいクイズ、作れるか……?

まず思いつくのが、先述した通りの「正解率の操作」である。

10ドルが答えの問題を作れば、他の2つの選択肢がチープなので、だいぶ正答率アップに寄与できそうだ。シンプルに「アレクサンダー・ハミルトンが肖像画に使われているのは、何ドル札?」みたいな出題だろうか。1ドル札の肖像画がワシントンであることを知っていれば2択にまで持ち込めるので、問題文だけ聴いたときの難しさを、選択肢でだいぶ緩和できるだろう。

▲アメリカの10ドル紙幣。アメリカ独立に尽力した政治家、アレクサンダー・ハミルトンが描かれている

残念なのは、クイズとしての面白みはほとんどない点だ。金融イベントで「お金に関するクイズを出してください!」という話になり、かつ出題内容がだいぶ限定された状態でハミルトンのクイズを出さなきゃいけないとかならこうするだろうが、心のなかでは苦虫を噛み潰しながらの提出となる。ワクワクしない出題だ。

逆に、1ドルや2ドルが正答の場合は、あえて大きくハズした10ドルを入れることで、これもまた実質2択にできる。正答率アップだ。「200円に一番近いのはどれ?」みたいな。中学生向けのお金のクイズとかならあり得る。こっちのほうがまだマシな出題であろう。

いずれにせよ、この手法を取る場合は「3択にしないといけない」「でも難易度は低く」「お金についてのクイズを出してね」みたいな縛りがガチガチな場合に限られそうだ。なにせ、問題が面白くない。職業としてのクイズづくりの辛さがにじみ出た問題になってしまうだろう。

そもそもの問題として、2ドルが選択肢にあるのがだいぶいただけない。2ドル札、だいぶ使用頻度が低いのだ。

▲アメリカの2ドル紙幣。描かれているのは、アメリカ独立宣言の起草者であり、第3代大統領でもあるトーマス・ジェファーソン

米ドル札のなかでも2ドルの流通量は圧倒的に低く、なんならプレミアが付くくらいの希少性になっている。2000円札と同じ運命……。

2ドルが答えになるスッキリとしたクイズを作るなら、「肖像画がトーマス・ジェファーソンなのは?」とか、そもそも「圧倒的に流通量が少ないのは?」とかになってしまう。前者はガチンコクイズなのだが面白みに欠け、後者は1ドルも10ドルも「そんなこたぁないだろ」という選択肢となるのだ。

それくらい「可能性の低い」選択肢となると、正答としてのみならず、ウソ選択肢としても魅力がない。事実ベースで考えたときに1ドル、5ドル、10ドルのほうが収まりがいいのだ。

改めてこの「1ドル、2ドル、10ドル」という選択肢はいびつだ。ちゃんとしたクイズにする上で、一筋縄ではいかない題材なのは間違いないだろう。

こうなったら奥の手だ

となると、一回正統を外れてみることも大事になる。視野を広げてみよう。

かなり例外的なシチュエーションであるが、私が3択クイズを用いる場面がもうひとつ、ある。

ボケたいときだ。

イベントでクイズをするとき、「もうひと盛り上がりほしいな……」という場面がある。クイズとなると身構えてしまうお客さんも多いので、ここでは「まあまあ、ラクにしてくださいよ」というメッセージを送りたい。

▲『好きな四字熟語は「伊沢拓司」完全に「やりにいってる」伊沢の迷場面』より

そんなときに使うのが「クイズを使ったボケ」である。学校でクイズをするときは「〇〇な偉人は誰でしょう? A.織田信長 B.豊臣秀吉 C.(校長先生の名前)」と言った具合だ。ウケるかは別として。

ボケる場合は、やはり振って落とせるCにボケ選択肢を持ってくることが多い。A、BがボケでCが明らかな正解、というパターンも可能であるが、いずれにせよABとCで選択肢としての性質が別のものになってくる。

つまりは、『$10』における3択クイズもまた、ボケフォーマットに合致するものだと言えるのだ。

問題は、やっぱり「ボケとして面白くない」ことである。

まずもって数字が答えの問題でボケようというのがナンセンスだ。ワードの面白さでは勝負ができない。やるなら突飛な桁の数字を持ってくることだが、ならCを1億ドルとかにするべきで、10ドルはあまりにも中途半端である。総じて、狙いを満たせる出題にはならないだろう。まあそもそも、歌詞の文脈を読む限りここでボケる意味がわからない。相手を美しく飾るには、ユーモアセンスも必要なのだ。

ここは前提を疑ってみる

どうしても、クイズづくりの技術の範疇で考えると限界が見えてきてしまう。この問題を良い形で成立させるためには、さらに前提を疑っていく必要がありそうだ。

そう、この「ドル」が米ドルだ、という前提を外してしまうべきだ。

ドルというと我々はどうしてもアメリカのものだと思いこんでしまうのだが、世界には通貨単位を「ドル」としている国が他にもたくさんある。そもそも「ドル」という呼称自体、ドイツで発行されていたターラーという銀貨に由来するものだ。良質な銀貨であったターラーは転じて「質の良い貨幣」を意味する言葉となり、ヨーロッパ各地で使われるようになった。それがアメリカでなまって「ドル」になったのである。もっと各国に目を向け、「どこの国のドルなのか」まで考える必要があるだろう。5ドル紙幣も5ドル硬貨もない国があれば、選択肢の不自然さは解消され、だいぶ出題の幅が広がりそうだ。世界の広さに期待である。

と、いうことで、まったく聞いたこともないようなものも含め、各国のドル通貨を一通り調べてみた。それを踏まえて問題を作ってみたところ……たしかに出題の幅は広がった。

たとえば、「この中で、存在しない額面はどれ?」というクイズを各国のドルを前提に作った場合、2ドルが存在しない通貨はそこそこ存在していた。ブルネイドルやケイマン諸島ドル、ガイアナドル、ジャマイカドル、リベリアドル、ナミビアドルがそれに該当する。ほーん。

この中で唯一、硬貨ではなく紙幣なのは?」という出題も可能だ。10ドルを答えにした場合、カナダドルやフィジードル、ニュージーランドドル、東カリブドルにおいては問題が成立した。成立は、した。

これらの出題は、たしかにその国の中だったり、関わり合いのある国においては、出題価値を持つ問題であろう。

しかし、つまらん!!!! とてもつまらん!!!! 日本語で出す意味がわからない!!!!! 素人作問すぎる!!!!!! 却下である。

そもそも、選択肢から省かれた5ドルの処理が依然として難しい。たくさんの国を調べた結果、「5ドルが存在しない国」は、私の目の届くところには、ひとつもなかったのだ。ひとつも、である。

これでは、選択肢の並びにおける不自然さを払拭できない。世界広しと言えど、通貨に求めるものはなにより利便性。5ドルがないというのはどうにも不便なのであろう。仕方のないことだ。結局私が得たのは、スリナムドルに2.5ドルという不思議な紙幣があるというプチ発見のみであった。

打つ手なし、か……?

いよいよ困った。17年にも及ぶクイズ人生を送ってきた私にも、手に負えない難問がここにある。米ドル以外でもダメとなると、いったい何を信じ、何を疑えばいいのだ。

八方塞がりになったときは、さらなる原点回帰しかない。『$10』の歌詞を今一度見直すのだ。

そもそもこの曲、読み方は「テンダラーズ」である。「テンダラー」ではない。当然の複数形だ。「$」記号を使っているため読みにブレが出てしまうが、目を引く唯一無二のタイトルがこの曲の知名度を押し上げたことは間違いないだろう。

ん?

「$」という記号、通貨としての「ドル」であることを疑いもしなかったけれど、果たしてその前提を信じてもいいものだろうか。英語で「dollar mark」と呼ばれるこの文字は、他の意味も持っているのではないだろうか。

そう、この記号を目にするシチュエーションは、通貨以外にもある。

エクセルの「絶対参照」だ。

Microsoft Excelに代表される表計算ソフトは、他のセルに入力された値を数式の一部として代入し計算を行うことができる。その仕組みを「参照」と呼ぶのだが、「コピペしても参照するセル、もしくは行や列を動かさない」ための命令「絶対参照」である。重要なのは、その命令の表記だ。

※参照するセルを固定する命令を「絶対参照」といい、参照する行か列を固定する命令を「複合参照」と呼ぶ場合もある。

たとえば「=A1×200」と入力したセルを下方向にコピペしていくと、「=A2×200」「=A3×200」……とズレていってしまうので、「=A$1×200」と入力してコピペするとずーっと「=A1×200」を増やすことができるのだ。

▲Googleスプレッドシートでもおなじみ

この絶対参照を命令するときに使うのが、上述の通り「$」マークである。これは、まっとうな選択肢になりうるのではないか。

我々が選択肢番号だと思っていたAやBも、もしかしたらセルを指定する記号かもしれない。「A-1 dollar」はセル「A$1」のことだと考えうるだろう。

となると、想定される出題シチュエーションはやはり資格試験だ。「MOS(マイクロソフトオフィススペシャリスト)」や「日商PC」といった試験においては、Excelを使用する能力が問われる。「ここに入力するべき数式はなにか?」という問題なら、十分に成立しうるだろう。表のひろがりようによっては、「C$10」を「A$1」に並べるのもそこまで不自然ではなさそうだ。少なくともドル通貨の問題と比べれば。

いったんこれを絶対参照だと仮説をおいて、歌詞を振り返ろう。

基本的なストーリーは当然変わらない。金銭感覚の異なる相手との恋、相手に比べて自分はお金を持っていない状態である。となると、賃金アップを目指して、資格の取得を目指すというのは社会人としてごくごく当然の思考であろう。いざ試験本番、悩ましい3択を読みながら自らの境遇を振り返り、決断を下す。チョイスは「C$10」……!

▲いっけぇぇぇぇ!

マイクロソフトのタイアップ楽曲だったとしても、許されはしないだろう。あまりにも無茶だ。「もうちょっと抽象的な歌詞で……」と広告代理店に言われるのが関の山だ。

そもそも、楽曲リリース時にはWindows95すら存在していない。「セル」という言葉はドラゴンボール的にしか受け入れられない時代であろう。

クイズ王にも、できないことはある

クイズにも限界はある。日々多くのクイズを作る中で「これは問いづらいなぁ」と思うことはしばしばで、クイズという遊びの限界を感じることしきりだ。

そもそも選択肢を並べてそこから選ぶという「思考法」そのものは、クイズと違ってファクトとエンタメ性に縛られない。「安い金を払おうか……もう少し出そうか……破産しそうな金額だけど、ここは出すしかない、$10!」という脳内の整理が、3択クイズのような形を成していたのが『$10』なのである。

世の中は、クイズに、クイズ王に、期待し過ぎではないだろうか。私はたまたまメディアにハマっただけの、度を越したクイズ好きに過ぎない。世の中を斬らせたり、含蓄あるスピーチをさせたり、無人島に放り込んだりするのは、クイズ王を万能視しすぎなのだ。クイズにもクイズ王にも、できることとできないことがあるのである。

だからどうか、「支払いは別々でお願いします」とクイズ王が口にしたなら、嫌な顔をするのは一瞬にとどめてほしい。クイズ王からの、大切なお願いである。


伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は伊沢に余程のことがない限り毎週木曜日に公開します。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。

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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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