これまでの『ボーイフレンド』研究
まず、今回の歌に関する先行研究を見ていきたい。
TANUKI(2010)においては、靴を飛ばすのに必要な「脚力」を37トンとしている。37トンの力を足で出すことが必要、とのことだ。
それを受けたGo Akiyama(2020)では、細かな数値の見直しがなされ、秒速1,379mで足を振り抜く必要があることが示された。これは音速の約4倍(マッハ4)に当たるスピードである。
やはり、驚くべき困難さだ。あのファンタジーサッカー漫画『キャプテン翼』ですら、マッハ4のシュートを描いてはいない。37トンのキックを持つ青年が日本にいたのなら、チェ・ホンマンも格闘家を諦めていただろう。
しかしながら、こうした研究には、まだ足りない要素がある。
歌詞の精読である。
テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう
あなたがあたしの頬にほおずりすると
二人の時間は止まる
好きよボーイフレンドaiko『ボーイフレンド』(作詞:AIKO)
まずもって、歌詞には「靴を足で飛ばす」とは書いていないのだ。
なんらかの射出装置を使ったとて、何ら問題はないじゃないか。先行研究は足に固執していたが、むしろ靴を足で飛ばすなど非現実的なのだから、ここはひとつ冷静になって射出装置を使うべきだ。これは決して甘えではなく、可能性の最大化である。
マッハ4ほどの速さで一度打ち上げてしまえば、空気の薄い上空では慣性のままに飛び続けるだろう。足では無理でも、なんかすごいきかいを使えばいけそうである。
問題は、初速で必要なパワーは足であろうと機械であろうと変わらないこと、そしてそのパワーがとんでもなくデカいことだ。
Go Akiyama(2020)では靴の重さを260gと推定していたが、果たしてそんな物体、しかも打ち上げづらい形状の物体を、その速度で射出できるのだろうか。
“靴”を宇宙に投げ上げうる技術
SFの世界には、マスドライバーと呼ばれる装置がある。砲身からロケットや積荷などの物体を射出し、シンプルに「宇宙に投げ上げる」機械だ。雑な方法だが、荷物を送るだけであればシンプルで安上がりなのがメリットである。これをテトラポッドの上に実装できれば、作戦は半ば成功したと言えるだろう。これぞ我々が追い求めたなんかすごいきかいだ。
▲月面基地のマスドライバー(NASAの想像図)
しかしながら、現状ではまだ、マスドライバーは実用化できていない。宇宙に投げたところでキャッチする設備がないこと、送ったところで物を使う場が限られていることなどが理由は数多あるが……投げるだけならまあ、なんとかなるのではないだろうか。パワーisパワー、今回は受け止めなくたって良いのだから。
……賢明な読者の皆さんは予想していなかっただろうが、なんと実際にいけそうなのがある。アメリカの宇宙ベンチャーSpinLaunch社が、ハンマー投げの要領でエンジンのない3mのロケットをぐるぐる回転させ射出する実験を成功させているのである。
ドンキーのBボタンぐるぐるパンチくらいシンプルだが、これが案外理にかなっている。
この装置は、打ち出しの初速を、円軌道を回転させることで生み出している。偉大なるは遠心力だ。いわゆる「打ち上げ」だったり、靴を蹴り上げる方式に比べて、いきなりドカーンと加速させる必要がないところが優れている。ぐるぐる回転させながら徐々に速度を高めていけば良いのだ。
実際、現状のマシンの性能の1/5ほどしか使わずに試験運用をしたところ、無事高度数kmまでロケットを投げ上げているということで、宇宙への到達可能性は十分あるだろう。ましてや、今回のアイテムは靴。ボロボロにならない素材さえ選べれば、なんとかなりそうである。
とはいえ、灯台下暗し。いや、砲台下暗しか? この射出装置の高さが、なんと50mもある点がやはり気になってくる。かなりデカい。テトラポッドの上に設置するには、なかなかにハードルが高いだろう。反動も相当だろうから、グラついて大変だ。
この実験で打ち上げられたロケットは長さ3m、靴15個分ほど。射出装置を靴に合わせたとて、最低でも3mくらいの高さは必要になるだろう。テトラポッドを上手に組み合わせないことにはうまく運用できない。
惜しいところまでは来た。遠心力を使った投げ上げ、という仕組み自体は小規模化しても使えそうではある。となると問題は、安定するほど小型化した装置のパワーダウンである。
どうにか、小さい力で宇宙まで靴を届けられないだろうか。
「すごい速さで投げ上げる」以外の方法はないのか
困った時、帰るべきは基本。つまりは歌詞の精読である。
実際、我々は重大な歌詞を見逃していた。なんとすでに、宇宙への道は開かれていたのである。
テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう
あなたがあたしの頬にほおずりすると
二人の時間は止まる
好きよボーイフレンドaiko『ボーイフレンド』(作詞:AIKO)
二人がほおずりすると「時間が止まる」。これこそが謎を解くヒントだ。
これは間違いなく、一般相対性理論における「重力が大きいために時の進みが遅くなる」現象である。頬ずりすることにより、何らかの超大な重力差が発生し、時間の違いとして表れてくるのだ。
一般相対性理論においては、重力をより強く受ける場所では時間が相対的に遅く進む、とされている。東京スカイツリーのてっぺんは、地上より少しだけ重力が小さく、それゆえに時間がほんの少しだけ早く流れているのだ。
東大、スカイツリー展望台と地上で「相対性理論」検証 セシウム原子時計より100倍高精度の「光格子時計」でhttps://t.co/rSlwRffaJP pic.twitter.com/fV90aLLH81
— ITmedia NEWS (@itmedia_news) April 14, 2020
つまり、重力が極端に小さい場所から、重力が極端に大きい場所を眺めると、まるでそこでは時間が止まっているように見えるのである。
今、靴の打ち上げ地点だけが、なんらかの理由でかなりの微小重力空間になったとする。地球の引力が働かない世界だ。もしくは同時に、打ち上げを見ている「二人」の周りが高重力になってもよい。大事なのは2つの地点の差だ。
この時、靴から見ると、まさに二人の時間は止まっているように見える。靴も思わずヒューヒューと囃し立て……いや、これは上昇に伴う風切り音か。
そしてこの時、靴の周りは重力が小さくなっているはずである。つまりは、だいぶ打ち上げに必要な力が減っているはずだ。何もマッハ4のスピードで打ち上げなくても、ある程度の慣性を与えて上げれば靴は十分に打ち上がるのではないだろうか。
これをもってすれば、宇宙まで靴を飛ばすことなど容易である。なんということはない、ハナからこの曲は一般相対性理論を前提とした重力のコントロールが働いていたのだ。歌詞をよく読めば、パワー頼みではない、よりスマートな解決法が提示されていたのである。
※地球上ではまずあり得ません
頬ずりすると、靴の周りが微小重力になる。頬ずりはなにかのトリガーになり、重力に差が生じるのだ。
これを使うことで、我々の悲願たる靴の打ち上げがついに叶うこととなる。規格外すぎるパワーを足に求めることも、立錐の余地なきテトラポッド上に巨大施設を建てることも、ここでは必要ない。時が止まるほどの大きな重力差が、すべてを解決してくれるのだ。
では、一体どのようにして重力の差を発生させるのか? 現代技術の粋を集め、いかにして靴を天へと送れるだろうか?
はたしてどうすれば……!?
……一般相対性理論を生み出したアルベルト・アインシュタインはこう遺したといわれている。
“You can’t blame gravity for falling in love.”
恋に落ちるのは重力のせいではない。恋の前では重力も無力なのだ。
ゆえに、靴は重力に関係なく、空を飛んでいく。二人の思いを載せて……。
だってしょうがないじゃん。アインシュタインがそう言ってるんだから。恋のパワーで重力突破できそうじゃん?
そりゃもう、無理なもんは無理よ。でも歌詞で時間止まったって言っちゃってるもん。信じるしか無いじゃんそれ。
じゃあはい。「重力をコントロールすれば靴は投げ上げられることはわかりました。その方法については今後の課題としたい。」これでいいでしょう。もしくは「読者の諸君への課題としたい」。はい!これ!
ということで、アインシュタインじゃなくてもいいです誰でも良いです。さすがにこの歌詞は無理が過ぎます。お願いします助けてください。お手上げ、いや、こりゃ足上げです。
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