連載「伊沢拓司の低倍速プレイリスト」
音楽好きの伊沢拓司が、さまざまな楽曲の「ある一部分」に着目してあれこれ言うエッセイ。倍速視聴が浸透しているいま、あえて“ゆっくり”考察と妄想を広げていきます。
夏以外の海もまた美しい。
夏の海が美しいなんてのは当たり前で、水面にきらめく無数の光や踊り泳ぐ魚たちはそりゃあ良いもんだろうよ、と思ってしまう。
むしろ私は、荒涼とした冬の海や、日の温 む春の海に魅力を感じる。別に斜に構えてるとかではなく!! ちゃんと理由があって!!
海とは本来大変に厳しいものであり、ゆえに厳しさにこそ本来の美しさを感じる……というのがその理由である。容赦のない荒波や、油断して水に入ったときに感じる存外の冷たさこそが、海らしさなのではないかと思うのだ。長く埼玉で育ったゆえ、海への変なバイアスの存在は認めなくもない。
その点において、日本海の海らしさったらない。荒れていて、冷たくて、物悲しくて……というイメージがマッチする場所である。
新潟県は糸魚川の海岸は、そんな「厳しさ」を象徴する場所であった。
新幹線の糸魚川駅から歩いてすぐ、展望台を登るとその景色は眼前に広がる。日本海を前にして、右から左から、ひたすらにテトラポッドが連なるのだ。はじめて訪れた時、圧倒された。
融雪のために赤茶けた路面と、無数のテトラポッド。冷たいコンクリートの世界。ひたすら続く灰色の壁と打ち付ける荒波は、まさに人を寄せ付けぬ厳しさを体現していた。
「テトラポッド」で思い出すあの曲
おそらく、海とテトラポッドのコンビがイメージさせるのは、こうした荒涼たる海ではないだろう。快晴、青春、夏。どれも底抜けに明るい。そしてそんなイメージの大部分は、aikoの名曲『ボーイフレンド』が作ったものであろう。
バンジョーで始まる陽気な曲調、幸せな歌詞、青春真っ只中のサンシャインな海である。海水浴場じゃない、おそらく地元のテトラポッドなのがとても良い。身近な海のちょっとした非日常としての「テトラポット登る」、そしてボーイフレンドと靴を飛ばす……素敵すぎる一コマだ。
※なお、曲中では「テトラポット」とされているが、「tetrapod」=「4つの足」という意味が由来のため、正確には「ポッド」である。本稿においては今後も「テトラポッド」とする。
※なお、「テトラポッド」も株式会社不動テトラが持つ登録商標であり、一般名称である「消波ブロック」とするのが良いのであろうが、さすがにわかりづらいので今後も「テトラポッド」とする。
しかし、やはり気になってしまう。
そんな青春の、日常らしい一コマなのに、靴を飛ばす先が……宇宙なのだ。
テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう
aiko『ボーイフレンド』(作詞:AIKO)
宇宙と呼べるのは、高度100km以上の地点。単純に100km分、靴を上空へ送らねばならない。時速100kmでも1時間、しかも靴には加速装置がついていたりはしないので、飛行機のような飛び方は難しい。
▲オーロラとかと同じ高さ(参考:ファン!ファン!JAXA!)
それでもなお100kmに到達する、ということは、すさまじい初速でカチ上げる必要がある。いったい、どれほどのパワーなのだろうか?
……実は、これについては先行研究が存在する。すでに研究対象としていた人がいるのだ。世の中って広いね。
しかしながら、私自身はこの説に異を唱えたい。先行研究の良いところは活かしつつ、より歌詞に忠実な形でこの靴飛ばしをシミュレーションしてみたいのだ。
巨人の肩の上に立つ。これこそが研究の基本である。
今回は『ボーイフレンド』の歌詞にまつわる諸研究について、リスペクトを持ってアップデートを試みたい。